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彼が似合うと言ったから。


髪を切りました。長いのが好きで肩甲骨くらいまで伸ばした髪をばっさりとボブにしました。理由は単純でたぶん想像出来ると思うけどとりあえず言っとく。

「ふら、れた」

「典型的だなあ」

「‥うっせ。黙ってなぐ、さめろ」

「黙ってたら慰めらんないって」

揚げ足とんな。そう言い返したいけど嗚咽混じりのこの声じゃ上手く喋れない。うーうーとフェイスタオルを顔に押し当ててソファに寝っ転がる。こんな可愛くないところを見せるのは銀時以外に誰もいない。だからわざわざ彼は一緒に住んでいる二人と一匹を今日だけは他のところに行ってもらっているらしい。ああ、本当に申し訳ないとは思うけどどうしようもないのだから許してほしい。こんどお詫びの品を持ってくるんでそれでご勘弁を。

優しい彼に頼ってしまうのは昔からの私の悪い癖。治そう治そうとは思っているのにそんな気配は一向に見えない。やはり思っているだけでは駄目なのだ。私だってもう二十過ぎにもなってまさか彼に頼るだなんて想像もしていなかった。私もいけないけど優し過ぎる彼もいけないと思うのは私だけだろうか。責任転嫁だろうか。

「まあ、とりあえず泣き止めって」

「う、‥うー」

「何でも聞いてやっから早いとこ愚痴りな」

「銀、とき、‥あんね」

私には結婚の約束をした彼氏がいた。四つ上の高身長、高学歴の彼氏が。同棲もして指輪も貰って結婚間近かななんてうきうきしてたのに、最近朝帰りが多くなった。出張も多くなった。飲み会も多くなった。喧嘩が絶えなかった。ときたま殴られた。それでも大好きだった。‥そう思い込んでいたんだ。彼が浮気をしたのは私が原因。いくら女を作っても私は決して咎めたりしなかった。帰ってきて何時もと違う香りがしたって私は何も言わなかった。それは最後には私の元に帰ってきてくれるから、とかそんな綺麗な理由なんかじゃない。きっと彼は分かっていたんだ。ずっと分かっていたんだ。私が彼を一番に好きではないということが。それでもいつかは好きになるかもと安易な気持ちで付き合っていたのがいけなかった。だから彼が浮気をしたってそれを悪いとも思わないしまして私が怒る権利などない。

「‥彼、好きな人、が、‥できた、だっ、‥」

「‥前もその理由で別れてたな。なまえ、お前ほんと男運ないわ」

「‥う、ざい」

その口の悪さが原因じゃねえの?そう言って私の頭を温かい手で撫でてくれる。こんな嘘つきな私に優しくしてくれるから甘えてしまうのだ。いつもいつも私が泣くと優しくしてくれる。普段の私では恥ずかしくて情けなくて甘えるなんて考えられない。どうしようもない意地っ張りなのだ。でもこの時だけ、この泣いたときだけ、私は大好きな銀時に甘えることが出来る。もっと優しくしてほしくて私のこの口は嘘を吐く。悪いことだというのはよく分かっているがまるで麻薬のように止めること事は出来ない。

「‥髪似合ってる」

「‥知、てる」

「はっ、うわーうざ」

今度パフェ奢ってな、それでチャラにするわ。泣いたときだけ彼の褒め言葉を聞けるのは私だけの秘密。だから止められないのだ。

髪を切りました。長いのが好きで肩甲骨くらいまで伸ばした髪をばっさりとボブにしました。理由は単純でたぶん想像出来ると思うけどとりあえず言っとく。


彼が似合うと言ったから。


心の中でにやけていることは一生内緒にするわ



090422
一壱子




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