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くもり


家で寝転びながらジャンプを読む。時たま欠伸をして背を伸ばし、またジャンプに目を落とす。今日も全く依頼はなく暇を弄んでいるのだ。俺と同じように暇な一日を送るなまえは俺が暇であることをまるで知っているかのように、度々万事屋にやってきている。今日もいつもと同じようにやって来ていた。戸を叩く音と俺の名前を呼ぶ声が玄関から聞こえてくる。何も返事をせず玄関に向かうとやはりなまえがいた。
以前居留守を使ってみたのだがなまえは無駄に根性があるらしく、家に入るまで延々と戸を叩き続けたのである。幸い壊れはしなかったもののあいつの執念に心底たまげたことを覚えている。

「はいはい誰ですかー」

「なまえです。お邪魔します」

「銀さん忙しいから帰ってくれない?」

「奇遇ですね。私も忙しいんです」

「…何に?」

「あなたに」

にんまり笑って家主の俺よりも先に部屋へと向かっていった。返しづらい事だったのでこちらとしては助かったのかもしれない。
なまえはいつも変なことを言うのだ。俺に夢中だとか、俺以上の人はいないだとか、ロープで縛って傍に置いておきたいだとか。…まあ最後のはちょっと頭がイカれてるとしか思えないけど、俺に寄ってくる珍しい女なのである。
一応あんな女でも客人であるためお茶を淹れてやる。部屋へ持っていくと当たり前のようにソファーに座り俺がさっき読んでいたジャンプを読んでいる。ことんと音をたてなまえの目の前にお茶をおく。ありがとう。俺と視線を合わせにっこり笑ってそう言った。非常識な女ではないのである。
さて、俺はどうしようか。読んでいたジャンプをとられてしまってはすることがない。とりあえずなまえと向かい合わせになって座ってみた。

「あ、俺の半纏」

「すみません。寒かったのでお借りしてました」

「いやまあいいんだけどよ」

「銀さんの匂いがします」

「ごめん、やっぱ返して」

「私の匂いを嗅ぎたいんですね」

「持って帰ってもらって結構です」

なまえはくすくすと笑った。半纏を脱ぎながら、「銀さんが寒いですよね、お返しします」と言う。特に今必要なわけではないので右手を振って断った。なまえは笑ってありがとうございますと言ってまた半纏を着た。
なまえがジャンプを読んでいる間俺は何もすることがない。だからお茶を啜って静かになまえを眺めていた。よく見ると意外と整った顔をしている。睫毛も長い。目は別段大きいというわけではないがパッチリとしていた。ページを捲る指先も俺のと違ってとても細くて白い。触ったら折れてしまいそうだ。なんだか急になまえが女らしく見えてくる。生物学上は女であるということはもちろんわかっている。しかし、ときたまおかしなことを言うものだから友人の延長線上にいるというだけだ。

「もう読まねェのか?」

「銀さん見てるんでいいんです」

「じゃあ俺が読むかな」

「…いつ気が付きますかねー」

「ん?」

「私、本気ですから」

何がと問うのは愚問だ。随分と真剣な目で俺を見つめてくる。ジャンプを開く気にもなれやしない。目を逸らすことも出来やしない。真っ直ぐ俺を見つめる瞳に胸が高鳴る。
なまえは目を伏せ俺が淹れたお茶を啜った。俺はほっとした。俺の心情が読まれなかっただろうと思ったからだ。ジャンプを開き読みかけのページを探す。視線を落としページを捲っていると、 なまえがお茶を机に置き、近付いてくるのが視界に入った。特に気に掛けることもなく俺はページを捲ることに集中する。しかし、集中できるわけがなかった。

「私のこと好きですよね?」

「随分唐突じゃねーの」

「唐突、ですか?銀さん自分の気持ちもわからないんですか?」

「何、言ってんだ」

「だって全然嫌がらないじゃないですか」

毎日ってくらい会いに来てるのに。 なまえの視線を感じる。俺は気持ちを読まれるのが嫌だったためジャンプから目を離さなかった。あの真剣な目で見つめられるのを避けたかったのだ。
嫌がるわけがない。断るわけがない。それは何故。また胸が高鳴る。答えはわかっているはずなんだ。けれど、それを口にしていいものなのか迷ってしまう。年齢差だろうか。それとも世間体だろうか。俺はいつからこんなちっちぇ大人になってしまったんだろう。ページを捲る左手に力が入りすぎ、破ってしまった。コマが読みづらいな。
ジャンプが閉じられる。勿論俺がやったわけではない。隣に座るなまえがジャンプを取り上げ床に置いた。俺の目線はジャンプを追っていたのだが、自然となまえの目とぶつかった。

「私、本気なんです」

「二度目だな」

「はい。お返事はいつでもいいですよ」

「返事ってなんの?」

「わかってるくせに卑怯ですね」

「卑怯ってこたァねーだろ」

「好きです」

言われた瞬間、もうだめだった。今まで我慢していた思いが破裂してしまったようだ。なまえを抱き寄せ、力強く抱いた。あんだけ偉そうな態度だったが、今腕の中にいるなまえは小さな小さな女の子だった。女の子、なんて表現したらきっと怒るだろう。大きく心臓が脈打っているのがわかる。ということは、俺の心臓の音も聞こえているに違いない。なんだか非常に恥ずかしい。世間体なんてことを考えるのは俺らしくなかったな。こんな臆病になっていたなんて、いや、慎重だったんだ。なまえに関してはいつもそうだ。
この腕を解いたらなまえはきっとこう言う。「口で言わなきゃわからないですよ」ってな。容易くその光景が想像できてしまい、思わず笑ってしまった。


曇りのち晴れ


正直になるっていいもんだ



130826
一壱子


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あきゅろす。
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