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小さな音


最近少し暑くなってきた。夏が近づく梅雨の終わりは天気が読みづらい。部屋に籠もりっぱなしは良くないので新八くんと神楽ちゃんは外に出かけさせた。夕方にはおなかを空かせて帰ってくるだろう。その間に私は夏の必需品である扇風機を発掘するつもりだ。押し入れの奥の方にしまってあるらしく、銀ちゃんと探してもなかなか見つからないのだ。

「あつー」

「ほら、探してよ」

「クーラー買うべきだなこれは絶対に」

「そんなお金ないんでしょ」

じっとしていれば汗などかかないのに、動き回るとじんわりかきはじめた。臭いかな、と半袖の匂いを嗅いでみたがまだ大丈夫だった。むしろタオルを首に巻きつけ半袖Tシャツに短パンジャージで働く私に“臭い”という言葉は似合っていた。
今更格好を気にしたってどうしようもないのだ。銀ちゃんと出会ったときから女らしさの欠片もない服を着ていた。おめかししたってなんとも思われるはずがない。なんとなく銀ちゃんを一瞥した。私と同じように首にタオルを巻き、黒いTシャツを着て押し入れを覗いている。ぱちりと視線があった。

「だっさい格好してんな」

「銀ちゃんに言われたくないですー」

「なまえよりましですー」

「その天パはないでしょ」

「生まれつきだコノヤロー!」

銀ちゃんが勢い良く振り向いたおかげで埃が舞う。とっさに息を止めるが遅かったようで咳が止まらない。銀ちゃんも同じように埃を吸ってしまったみたいだ。こんな埃で溢れた部屋に居てはどうしても吸ってしまう。二人同時に窓に向かった。我先にと同じ窓に向かうため競争になる。ごった返した部屋はどこに足を置けば迷うが、そんなことは構っていられない。僅かな隙間に足を伸ばし銀ちゃんよりも先に新鮮な空気を吸いたかった。ただそれだけなのに不運にも私は紙を踏んづけてしまった。

「あ」

「なまえっ!」

私の方が場所的に近かったため先に着きそうだった。でも後ろに体重が掛かってしまったのできっと追い越されるだろう。来る衝撃に備え目を閉じる。何か固いものの上には転びたくないと思った。
どん。思っていたよりも痛くはない。でも想像通りに埃が舞ったため私はまた咳をした。背中の“もの”は固くなかった。温かい“何か”だった。目を開けて頭だけを動かし確かめると黒い布が目に入る。視線を上にすると銀ちゃんがいた。私よりも痛そうな顔をしているのではないだろうか。私は体ごと銀ちゃんに向けて必死に謝った。

「ごめんなさい!大丈夫?」

「…あー」

「怪我は?痛いところは?」

「いや、なんていうか…」

「本当にごめんなさい!」

「離れてくださいません?」

私は銀ちゃんに覆い被さるような体制で謝っていた。そして言われるまで全く気付かなかった。いくら慣れている銀ちゃんであろうとも流石に恥ずかしくなってしまう。ごめんなさい!とまた謝り彼の胸から両手をどかした。徐々に顔が熱くなるのがわかった。銀ちゃん相手に赤くなっているんだと思うとなんだか余計に恥ずかしさが増す気がした。
急いで窓に向かう。銀ちゃんを放ったままは酷いかもしれないが、私の心臓がなんだかおかしかったのだ。

「銀さんはほったらかしですかー?」

「じ、自分で立てるでしょ!」

「ふーん。可愛くないの」

「私は十分可愛いです!」

「それもそうか」

「なっ!」

納得されたことに驚き銀ちゃんの方に振り向くとにんまり顔が目に入る。私の気持ちを見透かされているかのようだ。ぎゅうっと胸が締め付けられ苦しくなる。けれど私は彼の目から逃れることはできない。なぜだかわからないが見つめてしまっていた。
トマトみたいに可愛いな。その言葉は褒められているのか貶されているのか判断が難しく、私は素直に受け取ることができなかった。ただ、可愛いの単語に反応した私の心臓は激しく脈打った。どうして今更こんな気持ちになるんだろう。


小さな恋の音


突発的に始まる



120706
一壱子


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あきゅろす。
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