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優しい人


笑った顔はまるで仏のようだ。誰にでも向けられて、誰からも好かれる。誰にでも向けるその笑顔を同じように俺にも向ける。俺はそれが嫌だった。けれどそれをなまえに伝えようとは思わない。くだらない独占欲だと笑われるような気がしたからだ。まあなまえはそんな風に笑わないと思うが俺の羞恥心が許さなかったのである。
楽しそうな声が部屋に響いた。神楽が駆け回る音と新八の怒鳴り声が玄関から聞こえる。

「ただいまネー!」

「銀さん起きてますかー?」

「銀ちゃんは寝坊助だからね」

重い体を起こし声のするほうへ向かう。神楽とすれ違ったので、おそようと声を掛けた。遅すぎアル!と鳩尾にエルボーを食らわされもう一度寝そうになる。くすくす。痛みをぐっとこらえて笑い声の持ち主を睨む。三日月を横に倒したような目と俺の涙目が合った。誰にでも向けられる笑顔につい眉根を寄せてしまう。その瞬間に新八が目の前を横切ったためなまえには気付かれていないといい。

「…おかえり」

「ただいま。寝てたの?」

「あァ…まあな」

「ほんとに寝坊助ね」

「仕事ないし、ぐーたらしたっていいだろ」

くすくす。また笑った。なるべく気にしないようにし、なまえの荷物を受け取る。男の俺が持っても重いと思うこの買い物袋には何が入っているんだろうか。ちらりと覗くと牛乳二本、大根一本、じゃが芋二袋、玉ねぎ一袋など随分重い物が見えた。神楽や新八を連れて買い物に行った意味がまるでない。なまえに言ってやろうかと振り向くと笑顔のなまえが俺の言葉を遮った。買った物が危ないと思って。神楽に関しては正論である。しかし新八はそこまで幼くない。

「新八くんは同じ重さくらいの持ってるから」

「あ、そう」

「…買い物付き合ってよ」

「気が向いたらなー」

「ねえ」

「ん?」

着流しの袖をなまえに掴まれる。なまえは下を向いているためどんな表情をしているのかわからなかった。なんでそんなに私に冷たいの?その声は震えていた。
なまえに冷たい態度を取っているつもりはなかった。けれどあの誰にでも向けられる笑顔が俺に向けられる度、複雑な気持ちになったのは確かだ。俺はなまえにとってそこら辺にいる奴らと同じなのかと考えてしまう。なまえを特別視しているのは俺だけなのかと思ってしまう。俺だけにその顔を向けてほしいんだ。

「そういうつもりはなかった。悪かったな…」

「ううん、ごめんなさい」

「なまえ…」

「ぎ、ん、」

なまえを引き寄せ抱き締める。抵抗することなくなまえは俺の両腕の中に収まった。俺の名前は途中で途切れ、突然のことに戸惑っているようだった。背後から聞こえる煩い声。羞恥心がなまえの心臓の動きを速くする。可愛いと思った。あいつらに見られたら面倒臭くなるのは百も承知なのでなまえに優しく耳打ちをする。

「嫉妬してたんだ」

俺の腕から解放されたなまえは頬を真っ赤に染めていた。壁に寄りかかり俺を見つめる。そして笑った。ああ、この顔は俺だけの物だ。こんな表情にさせられるのは俺だけだ。優しく笑うなまえにつられて俺も笑った。ゆっくりと顔を近付けなまえの頬を触る。鼻がぶつかる距離でお互い目を瞑った。唇に訪れる温かい感触。それは一瞬で離れてしまう。
銀さーん。俺の名前を呼ぶ声が背後から聞こえる。おー、とやる気のない声で返事をしてから歩き出した。でもにやけた口角はなかなか戻ってくれず新八と神楽にエロ親父と馬鹿にされてしまった。


優しい口付けをする人


壊れないように



120427
一壱子

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あきゅろす。
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