夜遊び
「今日も来てくれたの」
「おー」
毎夜毎夜、飽きることなくこの私を指名してくれる“銀さん”。それが本名なのかどうか私は知らない。そして彼も私の名前を知らない。知っているのは私の偽名と性別だけ。秘密が多いほど女は輝くものなのである。これは誰に教えてもらったのか。覚えてはいない。
珍しい彼の銀色の髪。まるで月の光のよう。ついつい私は惹かれてしまう。そういう振りをする。私は惹かれてはいけない。私は常に惹きつける存在でなければならない。でないといつまでも私は篭の鳥。蜘蛛の蝶。牢獄の囚人。
「今日も暑ィな」
「蝉の鳴き声でさらにね」
「蝉だけじゃねェよ」
「…と言いますと?」
私にとって銀さんはただの囮のようなもの。彼がいることによって私は自由へと一歩一歩近付くのだ。その歩幅がどんなに小さくても確実に近付いているのだ。私の体から出る蜜を吸い取るがいい。銀さんは私を食べているつもりだろうが実際は違う。私が彼を餌にしているのだ。骨と皮になるくらいまで私に惹かれて、捧げて、愛せばいい。勿論、私はそれに対して存分に体で返してやろう。けれど心までくれてやると思うなよ。
「お前ェもよく鳴く」
「ふふ、蝉と一緒はいやよ」
外の世界で一週間足らずしか生きられないのならば、私は死を選ぼう。ふと、思うことがある。私はどうしてここまで自由に拘ってきたのだろうか。理由はなんだっただろうか。覚えていない。
あの日を最後に銀さんに会うことはなかった。抱かれることもなかった。他にお気に入りの子でも出来たのかと思いきや、店自体に来ていないらしい。あんなに毎日来ていたのに急にどうしたのかと思ってしまう。そんなこと、よくあることだというのに。お金が尽きただの、故郷に帰るだの、考えられる理由はいくつでもある。けれど私は気になってしまった。ただの囮に対してそんな感情を持ったのは初めてのことだった。そして気付くのが遅すぎた。
「じゃあ、元気で」
「姉さん、お元気で」
「はい、ありがとー」
私は自由を手に入れた。銀さんのお金で私は自由になった。全て私の計算通りのはずなのに、涙が止まらない。嬉し涙、なわけがなかった。ああ、私が外に出たかったのには理由があったのだ。とても単純でとても純粋でとても欲深いものがあったのだ。今となってはもう遅い。それを伝える術を私は知らない。彼の本名さえも知らない。
惹かれる存在のこの私が彼に惹かれていたなんて。私は銀さんの傍にいたかった。だから自由が欲しかった。外にいれば彼ともっと話せるし、同じ物を見られるし、一緒に居れたのだ。なのに、なのに私は…。
「銀、さ…」
いつから私の心は彼に捧げていた。いつから彼といるのが楽しくなった。いつから彼を愛おしく思っていた。いつになったら心の傷は癒えるのだろう。涙も嗚咽も止まらない。外の世界に銀さんがいるから飛び出したのに、彼がいないのなら意味がない。それなら戻れ、と言うのかしら。それも無理な話。気付いてしまった私は、彼以外に体を許すことはできない。そう、彼がいなければ何もできない。何も始まらない。どうかお願い。遊びでもいいから私を求めて。
夜遊び女遊び
全部本気だよ
100725
一壱子
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