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天気予報はやっぱり信用すべきものなのかもしれない。いや、今日はたまたま私の勘が外れただけかもしれない。溜め息を吐き見上げる空は灰色の雲に覆われ、ぽつりと雨を降らした。駅の床は人の傘の雫によって黒くなる。改札口を出ると皆、傘を差して歩き出す。私は置いてけぼりだった。今ならまだ雨もひどくないし走れば大丈夫かもしれない。しかし帰りの途中でひどくなるのだけは避けたい。濡れたくないのであれば近くのコンビニで傘を買うという手もあるのだが、それはなんだか負けた気がする。誰に、と聞かれても分からないけれど。

(銀時迎えに来ないかな)

なんて都合の良いことを考えてみる。しかし辺りを見回したところで彼が居ることは有り得ない。今日は雨。いつもに増して銀時の気力は低下しているだろう。そして、いつにも増してあの天パはうねっているに違いない。
そもそも何故私が傘を持ってない日に限って雨が降るのだ。世界は私を中心に回ってるんじゃないの?自己中心的な思考を巡らせた。そっと湿った髪を触る。毛先はぱさつき指通りも悪い。ああ、早く家に帰ってお風呂に入りたい。トリートメントしてオイルを塗ってケアしたい。今着ている服だって干して乾かしたい。早く帰りたい。なのに雨は一向に止む気配はないのだ。

(走るしかないかな‥)

水の入ったハイヒール。今日は九センチと少し高めなので転ばないか心配である。左手首にあるブランドの時計を眺めた。雨の中を濡れて帰るか帰らないか、という自問だけで十五分も駅に留まっていた。自分で自分を嘲笑う。こんな小さなことで悩むなんて、私は子供か。いや、子供はもっと純粋で単純だろう。雨宿りは止めて一歩踏み出す。肌に当たる雨の温度。水の上を歩くヒールの音。視界を邪魔する重い髪。そして、傘を開く音。

「‥あ」

「お待たせ」

「なんで、居るの」

「なまえが傘持ってないの知ってたからよォ」

「‥二本持ってきてよ」

「可愛くねェの」

目の前に現れたのはだるそうな顔の銀時。走ってきたのか傘を差して来たわりには随分と服が濡れていた。繋いだ手も冷たかった。風邪を引くのではないかと心配になったが馬鹿だから大丈夫だと思う。それにもし風邪を引いても私がちゃんと看病してあげよう。
ありがとう、なんて言葉は出てこない。だって、来て、だなんて私は頼んだ覚えがないのだ。彼が好き好んでやっていることなのである。だから私は口答えをせずに大人しく傘の中へ身を入れる。私に歩調を合わせてくれる銀時は優しい。彼が居るとこんな雨でさえも楽しく思えてしまうのはとても不思議なことだ。だから、意外と雨の日が好きである。

「傘ぐれェ持って来いな」

「銀時が迎えに来るじゃない」

「たまたまだっつの」

「毎回たまたまね」

「‥たまたまなんて言葉使うんじゃありません」

くすり、と笑うと彼もつられて笑ってくれた。いつもの照れ屋な私なら絶対しないのに、雨のおかげで銀時にこんなにも寄り添うことができる。なんて幸せ。優しい彼の優しさにすぐ甘えてしまう私だけど、いつも素直にはなれない。だから偶にはいいかな。雨のせいにしてこれでもかというくらいに引っ付いてしまおう。銀時の腕を引っ張って自分に寄せる。私を濡れないように差してくれた傘が揺れた。何も言わずにぎゅうっと抱き締める。すると銀時は甘えただな、なんて言うものだから私の頬は赤くなった。ああ、やっぱり恥ずかしい。


傘はいらない


雨さんありがとう



100523
一壱子



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