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記憶喪失 彼


新八と共に来たのは白い"城"。俺はあまり好きな場所ではない。ゆっくりと部屋の扉を開けるとそこには白いなまえと、すんと泣く神楽がいた。
それは急な出来事で、俺だってなまえに何が起きたかなんて理解できなかった。だって仕事もなく家でなまえが散歩からいつ帰ってくるのか待っていただけなんだから。帰ってきたら何しようか。とりあえず、お帰り、と言ってあげよう。そんな平和で呑気なことを考えていただけ。なのに、なんだ。急に言われても分かるはずがないんだ。ゆっくり分かるように、説明してくれ。いったい、なまえに、何が起きたって言うんだ。俺の回転の鈍い脳味噌に、分かりやすく噛み砕いて言ってくれ。出ないと頭が、心臓が、心が痛くて死んでしまいそうだ。

「誰?」

なまえと同じ目で、なまえと同じ鼻で、なまえと同じ唇で、なまえと同じ声で、なまえと同じ顔だというのに、そこにいる人物は全くの別人だった。外見は同じなのに中身だ誰かによって入れ替えられていた。交通事故に合い頭に強い衝撃を受け記憶が吹っ飛んだようだった。しかも、俺のだけ。なんて、滑稽な。
どうして俺を知らないんだ。分からないんだ。なまえのケーキを食べて怒らせたのは俺だ。なまえと喧嘩して泣かせたのは俺だ。なまえと手を繋いで歩いたのは俺だ。その口に口付けるのは俺だけだ。左手薬指に光る銀は俺のだっていう証拠じゃないか。なのにどうして。

「なまえ‥」

「初めまして、ですよね」

「なまえさん‥」

「‥っなまえ!」

「銀さん!!」

なまえに近寄り肩を掴んだ。混乱していて力が入りすぎてしまったのかもしれない。なまえは顔を歪めて目を瞑っていた。瞬間に新八が俺の名を呼び離す。神楽が何度も何度も謝っていた。「お前のせいじゃない」。そう言いたいのに言葉なんて出なかった。
どうして俺が離れなきゃならない。なまえの隣りは俺の場所だったじゃないか。目頭が熱くなる。しかし目は濡れるものの流れることはない。泣きたいのは俺だけど、泣きそうなのは新八だけど、泣いているのは神楽だけど、泣かなきゃならないのはなまえだからだ。なのになまえは混乱した顔で俺を見つめるからなんだか悪いことをしている感覚に襲われた。

「‥悪ィ、帰るわ」

「何、言って」

「じゃな」

「ま、銀さん!!」

「‥あ」

あんな状態のなまえを見たくなくて、見ていられなくて俺はその部屋を出た。本当は走って出ていきたかったがなまえが気にするといけないのであえてゆっくりと出た。こんなにもなまえのことを思っているのになまえは、俺を、知らない。新八の声は聞こえてはいたが無視することにした。神楽の泣き声も聞こえていたが慰めることなどできなかった。部屋を出ていきたい一心でそんな余裕はなかったのだ。

家に帰る気力はなく、なんとなく屋上に上った。見事な色合いの赤い空。優雅に漂う白い雲。燦々と輝く橙色の太陽。俺の中はめちゃくちゃで黒かった。なまえに対しては怒っているわけではない。辛いのはなまえのほうだと分かっている。だが、俺の頭は納得がいかないのだ。混乱するばかりなのだ。瞼の裏に映るのは愛らしい声で俺の名を呼ぶなまえの姿。笑う、なまえ。
目を開けると変わらずの橙色の空。何故かは分からないが目から塩分を含んだ水が流れた。


記憶喪失


どこにいったんだ



091104
一壱子



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あきゅろす。
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