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飛ぶように


体の熱は引いた。いや、実際のところまだいけるが、明日の俺と彼女のことを考えると止めざるを得ない。まだ若い(と言い張ってみる)のだから体力の限界まで試してみたいがそれで筋肉痛にでもなったら悲しくなる。まあないと思うけど、一応、ね。疲れ果て俺の腕枕で寝る彼女。すやすや寝息を立て気持ちよさそうに眠る。額にかかる前髪を右手で左右に分け、起こさぬように俺は唇を落とした。
彼女が寝てしまったので、俺は何もすることがない。まあ起こしてしまえばいいのだけれどそれは彼女が可哀想だ。まだ眠くはないのだが目を瞑っていればそのうち朝になるだろう。体をずらし彼女を抱き寄せ眠ろうとする。だが、思った以上に俺の体が動いてしまった。

「‥んー」

「悪い、なまえ。起こしちまったな」

「‥べつに、いいよ。あ、腕痺れちゃった?ごめんね」

「いいから寝てろって」

俺の腕から離れようとする彼女を引き寄せもう一度寝かせた。確かに痺れてしまうけれど彼女が離れてしまうよりずっといい。むしろこの痺れがいいのだ(ちなみに俺はM体質じゃない)。
もう眠くないよ。彼女の口から零れたそれは嘘だとわかる。明らかに瞼は重そうで眠いのだと主張していた。きっと俺が寝ていないことを不思議に思ったのだろう。何年も一緒にいるのだからそれぐらいのことは分かる。俺がその疑問に答えない限り彼女は寝てくれないのだ。

「何かあったの?」

「苺牛乳もうねェなあと」

「嘘」

「いででで!すんません!」

俺の立派な鼻を摘まれた。ふてくされてるんだろうと思う。俺が思っていることを彼女に伝えないからだ。別に何を考えてるわけではなく、言う必要もあるとは言い難い。言っても支障はないけれどそれで彼女に嫌な思いをさせてしまうのではないか。まあそれは彼女の受け方にもよるのだが。兎に角言わなくてもいいことをわざわざ言うつもりはない。
しかし、どうやらそういうわけにはいかないらしい。なんでもない、とさらりと言ってみたものの、むっすりと膨れた頬は萎まず眉間に皺は寄ったままである。彼女の機嫌を損ねてしまった。そういうところも可愛くて、大好きで、思わずキスをする。だが、それは彼女の掌によって拒まれた。んー、と唸ってみたが止めようとはしない。ああ、これではキスどころかそれ以上の大人なことが出来ないではないか。

「ちょっとー、おててが邪魔なんですけどー」

「ど う し た の !」

「‥だーからなんもねェって」

「嘘つき」

「‥」

「言ってくれなきゃ一緒にいる意味がないと思いまーす」

ぎゅうっと彼女から抱き締めてくれる。俺もそれに応えるべく腕を背中に回し力を入れた。細い腕から感じる彼女の力の入り具合は俺のものとは比べものにならないけれど、きっとそれが精一杯なんだろうな。
ああ、なんて可愛い。こんな彼女がどうして俺なんかを好きでいてくれるのだろう。自他共に認める怠け者で、常に金欠で、心は少年で(いい意味で)、天パ(あ、自分で言ってて悲しくなってきた)。それに比べて彼女は可愛いし、性格は良いし、胸もでかいし‥まあ若干ぽっちゃりだけど、兎に角俺には勿体無いほどいい女だと思う。だからどうして俺を好きなのか疑問なのだ。

「‥俺のどこが好き?」

「全部」

「‥なんで?」

「なんでって、それは」

俺の肩に顔をうずめて、可愛らしい口から可愛らしい言葉が零れる。思わず力が入り過ぎてしまった。う、と苦しそうなうめき声が彼女から聞こえるけれど、それもまた可愛い。
本当は寝たいのだけどそんなことを言われたら元気になってしまう。俺じゃなくて、いや、俺は元々元気だけれど、あえていうならば下の息子が、だ。悪いのは俺じゃなくて彼女。彼女の口がいけない。背中の腕を彼女の胸へと移動させる。瞬間、体がびくりと反応した。ちょ、寝ないの、寝ようよ。そんなことを言う口は塞いでしまおう。だって仕方がない。これも、

「本能」

彼女の頭にも俺の脳にもそうインプットされている。


鳥が空を飛ぶように


これが当然のことなんだ



090805
一壱子



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