そんなものは
いつものように大きな声であいさつをする。出むかえてくれる黒かみメガネのお兄ちゃんはあいかわらずだった。もちろんあたしもいつもと同じように頭をさげてもう一度あいさつをする。笑ってあたしの頭をなでてくれた。お兄ちゃんはやさしくてその手も同じくらいやさしかった。けれどあたしがここに来たりゆうはお兄ちゃんの手でもないし、そのやさしさでもない。
げんかんでくつを脱ぎ、かるくなったあたしの足は冷えたろうかの上を歩く。くりくりした目がうらやましいお姉ちゃんにあった。同じようにあいさつを交わすとすぐに去っていった。その後ろを大きなわんこが付いていく。きっとさんぽに行くのだろう。わんこのしっぽは取れそうなくらいにゆれていたから。こんなに大きいのはなかなか見れないからちょっとさわってみたい。せいいっぱい手をのばしてそっとさわる。あ、思ったよりもふわふわしていてきもちいい。もっとさわりたいけれど、これじゃない。あたしがここに来たりゆうはこれじゃない。
足をうごかしておおきな家を歩きまわる。キッチンにはいなかったし、おふろにもいなかったし、トイレにもいなかったし、りびんぐにもいなかった。はやく見つけたいけど少しだけつかれてしまった。うーん、どこにいるのだろう。もしかしたら今日はこの家にいないのかもしれない。じゃあ、あたしがここへ来たいみはないのだろうか。そう考えたらなんだかとてもかなしくなってきた。むねがいたくなってきた。目のまえが白くぼやけ何かがたれる。ぼた、ぼた。
「う、うっ‥わーん!!」
「え、ちょ、なんで泣いてんのー!!」
「っ!ぎ、ちゃあ、あうっ」
「新八ィー!助けろー!!」
ふすまをいきおいよく開けてあらわれたぎんのかみ。あたしの後ろからあらわれたその人こそここに来たりゆう。あいたくてあいたくて来てしまうのだ。あえてうれしいはずなのに目からながれ出るこの水は止まらない。ぎんちゃんのほうへと近づき足へとだきつこうとする。するとしゃがんであたしの頭をなでてくれた。この手はさっきのお兄ちゃんとはちがったやさしさで、あたしが好きなのはこの手でこのやさしさ。もちろんお兄ちゃんもお姉ちゃんも好きだけど、あたしが好きなのはぎんちゃん。ぎんちゃんが一ばん。ぎゅうーっとだきしめてくれるけれど、きっと力かげんはしてるんだろうな。あたしはもちろんそんなことできないしするひつようもないと思う。
新八は散歩か。ぼそぼそと耳元で聞こえた。あたしは立ってるのに、ぎんちゃんは座っていてこんなにも身長さがあるんだなんて思い知らされた。もちろんさがあるのは身長だけじゃないけれど。
「なァに泣いてんだ?」
「うあ、ひ、うっ」
「俺の服に鼻水付けるの止めてもらえますかー」
「あ、うっうー」
「んー‥じゃあ」
これはぎんちゃんにしか使えないまほうのことばなんだ。泣いてるままのあたしだけどほんとうはすんごくうれしいんだよ。ああ、やっぱり好きだな。ううん、大好き。あたしはぜったいわすれないよ。やくそく、する。だからぎんちゃんもせきにんとってよね。こんなにも年がはなれてるけどいいんだよね。だって大好きだもん。たとえばぎんちゃんがひげもじゃになってよぼよぼになったとしてもあたしは好きだよ。こんきょはないけどじしんはある。だからぎんちゃんもそのやくそくを守ってください。ほら。ちゃんと泣きやむから。
そんなものは
関係ない
泣き止んだら
結婚してあげようか
090712
一壱子
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