[携帯モード] [URL送信]
だからそうじゃなくて


通販のテレビをじっと食い入るように観ている。そこに映るのは鍛えられた腹筋に逞しい四肢を持った何とも言えない女性たち。リズムに乗って体を動かし固い筋肉を付けたのだろうということは一目瞭然だ。軽快な音楽と共に聞こえるリーダーらしき人物の励ましの声。止まって喋っているので自分だけ楽をしているのかと問いかけたくなる。そんなテレビを見つめ続けながら溜め息を吐くなまえを俺は見ていた。

「‥どうした?」

「痩せたいんだってば」

俺からしてみれば細いというよりもぽにょぽにょしていて触り心地がよいのだが、世間一般の女からするとそれは太っているとのことらしい。いや、なまえは太っているわけではないと思うのだがそれでは納得しないのだ。どの人から見ても、同性の女から見ても細いと思われたいらしい。なんと面倒くさい生き物だろうか。周りの目を気にしなければ生きていけないのだろうか。まあ、いつでもそう思うように気を使うことはいい影響だということは知っている。しかしながら影響が出すぎるのもどうかと思うのだ。

「なんで?」

「太ったままは嫌でしょ」

「いや、ね。どこが太ってんだって聞いてんだよ」

「‥それをあたしに言わせるんだ。分かってるくせに」

分からないから聞いているのだが、どうやらなまえには何を言っても通じないと判断した。痩せたい、といっても一、二キロなら分かる。だが長年付き合っていてなまえのいう痩せたいはそんな範囲内じゃないということは手に取るようにわかる。雑誌やテレビに出るようなモデル体型になりたいのだ。くびれがあり、四肢が長く、スラリとしたスレンダーな体が欲しいのだろう。出るところは出て、引っ込んでいるところは引っ込んでいる体が欲しいのだろう。どうして女というものは痩せたがるのか。

「そのままでいいだろーが」

「へー。太ったままがいいんだ。物好きだねー」

「太ってるってかなまえはぽにょって感じだ」

「うるさーい!これから痩せるんだから言うなー!」

その辺にあったクッションを俺に向かって思い切り投げつけてきた。それに当たるほど反射神経が鈍いわけではないので片手でガードする。使い込んであるので買ったばかりと比べると柔らかさがだいぶなくなっていた。睨んでくるなまえは怖いというよりも俺から言わせれば可愛い。まあ笑ってるほうが断然かわい‥ごほん、口が滑った。
いいよね銀ちゃんは、甘いもの食べても太らないから。口をすぼめて小さな声で呟く。膝を抱えて体育座りの格好で言うものだからついつい摘んでしまった。何を、って?なまえが気にしている腹の肉を、だ。瞬間奇声をあげて、全身を震わせた。思った以上に面白すぎて腹が痛くなってしまったではないか。あ、自業自得か。

「な、な、なな何すんの!」

「何って、どれほどのものか確かめとこうと思って」

「そんな確認いらんわー!!」

そうなまえが叫ぶのと同時にテレビの通販が終わった。賑やかに音を出すコマーシャル。そしてなまえもまたまた叫び出す。どうやら先程の通販の電話番号をチェックし忘れたらしい。余程ショックだったのか元気良く出ていた声が次第に萎え、遂には細い息の音になってしまった。忙しそうにするなまえが可愛くてついつい笑ってしまう。それを聞いてまた怒り出すものだから止められない。

「じゃああたしが太ったままでもいいんだー。これからぶくぶく太っていってもいいんだ!!」

「いやいや、そーゆーわけじゃなくてだな」

「やっぱり痩せててほしいんじゃん!!」

「だから、」

「よーくわかりました!」

ふんだ。駄々をこねる子供のように怒りながらなまえは伏せてしまった。一応二十歳は超えてるはずなのだが、これはあれか。永遠の十代というやつか(違うか)。うーうー唸るなまえをこのまま放っておくわけにもいかず慰める。俺がこんな状態にしたのに慰めるだなんておかしな話だ。
頭を撫でながら上にのしかかる。瞬間、うっと苦しそうな声が聞こえたがそれは空耳だろう。なまえの耳元に口を近づけ言うことはふたつ。謝罪の言葉と愛の言葉。


だからそうじゃなくて


ごめんね、お前がいい



090623
一壱子



[*前へ][次へ#]
[戻る]


第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!