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ご近所さん


知っているだろうか。まああなたはどうだか知らないけれど私はあなたを知っています。知るといっても顔と名前くらいしかわからないけれどそれだけでも十分だと思う。でも最近それだけじゃ物足りなくて、挨拶だけじゃ物足りなくて、やっぱりもっと知りたいと喋りたいと欲深くなってしまった。本当はただ見ているだけのつもりだったのに。ああ、誤解はしないでほしい。見るだけといってもストーカーのように四六時中覗くようなことを指しているわけではない。そこにいたのならついつい見てしまう、というような意味でいっているのだ。このままではきっと私の気持ちは溢れて漏れてしまうだろう。そしてあなたに気付かれてしまうのだろう。それはまずい。ここに住むのが気まずくなってしまう。それだけはどうしても避けたい。だから私は大人しく静かに平穏な毎日を過ごすしかないのだ。

「おはようございます坂田さん」

「あ、どーも」

にこやかに朝の挨拶を交わす。私も坂田さんも両手にはゴミ袋を持っている。今日は確か生ゴミのはずだけれど坂田さんのものの中には些か違う物が入っているように見える。しかし珍しいこともあるものだ。いつもなら黒髪メガネの青年がゴミ出しをしているのだが今日は坂田さんだ。何かいいことでもあったのだろうか。ただの気まぐれだろうか。何はともあれ会えたことが嬉しくてたまらない。もしかしたら顔のにやけが我慢できていないかもしれない。ああ、落ち着け私。
網の中にゴミを入れようとすると坂田さんがその網を持っていてくれた。これは優しさからなのだろうか。それとも当たり前の行動なのだろうか。坂田さん相手では私の思考回路がどうもうまく働かない。ちょっとしたことで一喜一憂するだなんてそんな若い年でもないというのに恥ずかしいものだ。
お礼を一言述べゴミを投げ入れた。あ、ここは投げ入れるよりももっとそっと女の子らしくしたほうが良かったのかもしれない。ちゃんと考えてからやればよかった。でも坂田さんは私のそんなところなんてちっとも気にしてないのかもしれない。というか目にも留めていないだろう。

「銀さん!!」

「おまっ、!」

道を戻ろうとすると現れるやいなや坂田さんに飛び付く女性。会いたかったわ、だなんて言っているその姿を見ればどんな関係なのかはすぐに理解できた。坂田さんは嫌がっているようにも見えるがそれは私がここにいてそれを見物しているからに違いない。嫌だ嫌だ。目の前で繰り広げられる光景もそれを受け入れてしまっている私も。どうして彼女なのだろうか。どうして私ではないのだろうか。そんな疑問が頭をよぎっても口には出さず、いや、出せずに胸にたまっていった。

「あ、はは。邪魔者は居なくなるわ」

「ちょ、ま」

「そうね。そうすればいいわ」

「黙れストーカー!」

あんな暴言を吐かれてもものともしない彼女とは相当長く付き合っているのだろうと思う。なんて羨ましい。なんて、憎たらしい。私はいつになってもこの位置から動けないのだ。ずっとこのままなのだ。嫌だ、嫌だ。できることなら隣で、あなたの隣にいることを夢見ていたのに。行動できない私はいつまで経っても動けないのだろう。例えそうできたとしてももうすでに隣はあの彼女のものだ。


ご近所さん


変わらない位置



090606
一壱子



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あきゅろす。
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