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あんみつ


あたしはちっちゃな甘味どころでアルバイトをしている。はっきり言って時給はよくない。でも経営している老夫婦が優しくて続けてしまう。いつもいつも手土産にお団子を持たせてくれるのだ(しかも美味しい)。お客さんもいい人ばかりで毎日が楽しい。入りたての頃何も分からずミスばかりをしていたあたしを怒らず笑って許してくれた。勿論今ではそんなことはなくなったがついお客さんと喋ってしまうようになった。それでオーナーに軽く怒られるのだから困っている。
最近、よくあの人を見る。あの人って言い方はよくないとは思うけれど名前なんて知らないから許してほしい。餡蜜のあんこ特盛り(そんなメニューはないけど)をいつも頼んで頬張っている。あんな甘ったるいものをかっこんで食べる姿からあの人は相当の甘党だということが分かる。ほら、今日もまた。

「すいませーん。餡蜜お願いしますー」

「は、い」

「あんこ盛ってね」

やる気のない目であたしにそう言うとにやりと笑う。瞬間、あたしの胸が大きく鳴る。ああ、だめだ。たったこれだけのやり取りなのに、事務的なものなのに、どうしてあの人相手だとうまく出来ないのだろう。どうして、だなんて言わずもがな分かっているのだけれどそれは口に出さないほうがいいに決まっている。だってあたしはそう思っていてもあの人は違うのだ。叶うはずのないこれはあたしの胸の内に留めておくべきだ。すーはー。深呼吸をする。相変わらずあたしの心臓は静かになってはくれないけれどそれでもすることはしなければならない。あたしは今働いてるのだからそんなことに構っていてはいけないのだ。
なまえちゃーん、と呼ぶ声がする。もしもこれがあの人のものだったのならどんなに嬉しいだろう。けれど現実はそんなに甘くはなく女将さんに呼ばれただけだ。餡蜜ができたようで小走りで向かい運ぶ。運ぶ先は勿論あの人のところ。歩く度に心臓がうるさくなる。手が震える。かたかたと鳴る餡蜜は行儀良くないというのは分かっているがおさまりそうにないのだから仕方がない。ああ、どうかお願いだから静かにして。

「、お、待たせいた、しました」

「おー。どーも」

「伝票失礼いたします」

かちゃん。伝票を落としてしまった。恥ずかしい。失礼いたしました、と言いながらテーブルに伝票を置く。あたしの手の甲に暖かい何かが触れる。何が起きたのか分からなかった。あの人の手があたしに触れているのだ。ただ話すだけでも心臓はおかしくなりそうなのに触れられてしまったら心臓は壊れてしまう(実際そんなことはないけれど)。こんなことされるとは思っていなかったものだから何の反応もなくただただ固まることしかできなかった。
視線が合う。あの人の目はいつもと同じやる気のない目であったけれどなんだか緊張した。あのよォ。開かれた口から零れた言葉はあたしの体に染み込んでいく。どうしよう、だめかもしれない。

「なまえちゃん、だよな?」

「っは、い」

「‥あのさ、」


一瞬に餡蜜食べませんか。


喜んで



090516
一壱子




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