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清々しい朝だった。珍しくあいつに起こされることなく自ら起きてしまったじゃないか。今日はもしかしたら何かあるのかもしれない。部屋からでるとあいつの雄叫びが聞こえた。言っておくが生物学上あいつが女であることは間違いない。何を急いでいるのかどだばだと走る音が絶えなかった。ついでに木の軋む音もするものだから穴が開くのではないかと気になってしまう。ここまで騒がしくするなんて一体何があったというのだろうか。朝っぱらから迷惑極まりない。

「なまえー。うるさいんですけどー」

「おはよ。これ個性だから許して!」

「他人に迷惑かけるような個性は認めません」

「うっせ!」

この慌ただしさから想像してたぶん寝坊でもしたんだろう。いつもは余裕もって支度するあいつがあんなに焦っているなんてすこし笑えた。出掛けるだけあって俺があまり見たことのない着物を着ていた。大人っぽい灰に大輪の花が咲いている。あいつの性格から考えたらもっと激しい色、例えば赤とか橙とか着そうだが、うん、俺好みだな。
走らなくなったかと思うとあいつは鏡の前で必死に化粧をしていた。いつも自然体で最近ではすっぴんでいることもある。なのにしっかりと化粧しているなんて今日は一体誰と会うのだろうか。まさか、‥それは考えすぎだろう。久しぶりに会う友達なだけだ。そうだ、そうに決まってる。

「どこ行くの?」

「で・え・と!」

「そ」

「もうちょっと関心持ってもらえない?」

鏡越しに俺に言ってきた。その顔はみるみるうちに綺麗になっていく。いや、勿論化粧なんかしなくても俺は十分可愛いと思ってる。でもあいつは外出のときは化粧をしないと恥ずかしいらしい。女っていうのは面倒くさい生き物だな。
ぐーと腹の虫が呼ぶ。そういえばまだ朝食を食べていなかった。台所へ行きとりあえず冷蔵庫からいちご牛乳を取り出しそのまま口へ流し込む。途中コップ使ってね、という声が耳に入ったが気づかない振りだ。あいつのことだから飯はちゃんと作ったに違いない。コンロの上に置いてある鍋の蓋を開ける。鼻をくすぐる芳しい匂い。ああ、本格的に腹が減ってきた。いつもならあいつによそってもらうが今そんなことを言ったらたぶん軽く怒られるだろうな。仕方なく自分でよそり座った。しゅ、しゅ。音と共に香る料理とは違った匂い。ああ、これはよく知っている。甘ったるいというわけではなく柑橘系のそれはあいつのものだ。

「もしもしー、たっちゃん?あたしあたし。ほんとごめんね。あきくんは?‥あ、今行くから」

「‥行くのか?」

「うん」

満面の笑みで返すものだから少しだけ寂しくなった。まあここで拗ねるような真似は決してしないがちょっとは俺の気持ちも考えてほしい。廊下を早歩きで行くあいつの背中を見つめる。あいつがいなくなったらだいぶ暇になるだろうな。いや、そうでもないか。いつも暇か。玄関から俺を呼ぶあいつの声が聞こえた。仕方なしにそっちまで行くと、可愛い?だなんて聞いてきた。そんなこと言わなくたってわかっててほしい。俺の口は素直じゃないからまあまあかな、と返した。

「んじゃあいってきます」

そしていつものようにキスをする。






090506
一壱子




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