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魔法の手


目が覚めるとそこに広がる世界はあまりにも黒く、あの恐ろしい光景は夢であったと脳が理解すると同時に、まだ朝ではないのだと認識する。瞬きを幾度かし汗ばむ首もとを右の手で抑え、これが本当に現実なのかを確かめた。今目を瞑ったらまた同じものを見てしまうのではないかという不安に駆られもう寝る気にはなれなかった。ゆるりと体を起こし両の手で顔を覆う。

ああ、嫌な夢を見た。あんな夢は久しぶりに見た。それは考えるだけでも恐ろしい‥、いけない、もう思い出せない。起きた瞬間は嫌って程鮮明に、体に、脳に、この瞼に、引っ付いているというのに何故こうも簡単に忘れてしまったのだろう。やはりすぐに何かに書き留めなければならないのか。私が嫌な夢を見たということだけしかわからず、肝心の内容が無ければただその事実があるだけになってしまう。これではまるで面白みが無い。

「‥なにしてんだ」

すぐ傍から聞こえるかすれた愛しい声を聞く限り、いつにも増して目は死んでいるに違いないだろう。もぞもぞと動き布団を大きく広げた。寒ィから入んねえ?そう言われたら断る理由などあるはずもなく、素直に私は布団に潜り込んだ。そこはひどく温かく今にも眠りへと落ちてしまいそうだった。けれど、また夢を見てしまうかもしれない。何かはわからないけれど物凄く怖くて恐ろしい夢をもう一度見てしまうかもしれない。それだけはどうしても避けたい。

「‥ごめん銀ちゃん、起こしちゃったね」

「銀さんはいつも早起きだから」

気だるい声で私にそう言うと大きな欠伸を一つした。ほら、やっぱり眠いんじゃない。早起きっていっても限度があるからね。欠伸をして涙が出たのか鼻をずずっと吸った。
暗くて今どんな顔をしてるのかは互いに全くわからないけれど私はなんだか少し気恥ずかしかった。いつも以上に体温を感じているのだから当たり前といわれたら何も言えないのだが。

いつか、もしかしたら明日かもしれないけれど、もしも彼と離れ離れになることがあるなら私は一体どうなってしまうのだろう。この体温を感じることが出来なくなったら壊れてしまうのだろうか。怖い夢のせいで私の脳内は暗い考えばかりが浮かぶ。たかが夢だというのに現実にここまで作用するなんて聞いてない。

少し体温の低い左手で彼の右手を探す。ごつごつとした温かく優しいこの手は私の手をぎゅっと握ってくれた。ただそれだけのことなのに嬉しくて安心できた。彼がいるだけで何もかもが心強い。きっと前世はスーパーマンだったに違いない。誰がどう言おうとも私はそう信じよう。

「おやすみ、なまえ」

心地の良い音が耳に入ると同時に、優しい手が私の頬を撫でる。それだけであの夢なんてどこかへ吹き飛んでしまった。ふいに顔を寄せ私の額へと口付ける。暗くて彼には見えないだろうが血液が顔に集中しているのがわかる。いきなり何するの、と怒るにもこんな時間に怒鳴る気になれるわけがない。くすくすと笑われ他愛もないことを話しているうちに私は眠ってしまっているのだ。


魔法の手


090418
一壱子




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