Tricksters
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 お昼時の慌ただしさが漸く去った、お洒落なカフェの片隅。寧と沙伊花は揃ってアイスコーヒーを頼み、向かい合って仕事の打ち合わせ――と称したライブの情報交換をしていた。寧が提供することの一つ一つに沙伊花が一喜、また一喜と反応しており、傍(はた)から見ればOL二人がお茶をしているような光景である。



「……で、ここでヤス君が客席に向かってウインクしたんですよ!ファンの皆さん、もう大絶叫でした!!」

「うわ!良いなー!!ヤスのウインクなんて、“天使のウインク”だって有名じゃない!!いつか間近で拝みたいわぁ……寧、ほんと羨ましいわよね。」



 うっとりとした表情で言う沙伊花に、寧は頷く。先程も、希楽が関係者席の後輩達に向かって自らが被っていたキャップを投げたこと伝えると、沙伊花は心底羨ましがっていた。キャップを譲り受けた黒髪の無愛想な少年と代わりたいと言っていた先輩を見て、寧は彼女を恋する乙女のように感じたのだった。



「そうそう、聞くの忘れてたわ!二人のソロはどうだったの?新曲歌ったんでしょ?」



 楽しみにしてたのよー、と丸い黒縁眼鏡の向こうで笑顔を見せる沙伊花。瞬間、寧の体は固く強張ってしまった。

 彼ら、特に和洋のソロ曲は、えれなからの恐ろしい一睨みによって見逃してしまった。ライブには欠かせない重要な項目の一つなのに、だ。

 ――自分は、記者として失格だ。和洋ばかりをよく見せるような文章にしないよう気を付けるということ以前に、私情で二人の見せ場を見落とすなど、あってはならないことなのに。深刻な顔をして黙り込んでしまった後輩を前に、沙伊花は何かを感じ取ったのだろう。彼女はそっと、俯いている寧を覗き込んだ。


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あきゅろす。
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