Tricksters
82
取材は進み、アルバムの中で気に入っている曲の話になった。寧は漸くいつもの調子を取り戻し、前屈みになるとチラチラ見える和洋の胸板にも慣れてきた頃。彼の何気ない言葉が、彼女の調子を再び狂わせる。
「記者さんの好きな曲は?」
「……え?」
“記者さん”という他人行儀な呼び方に、違和感がした。和洋はスタッフ達が居るので、変に親しい関係だと思われたら困るからそうしたのだろう。そのお陰で、カメラマンは何の疑問も抱かずに和洋の撮影を続けている。
だが、心に生まれたモヤモヤは消えてくれない。脳が嫌がっているのだ。彼に“距離を置いた”呼び方をされるのを。
「――あのー……大丈夫?」
いつの間にか伏せていた顔を上げると、心配そうにしている和洋。涙腺の緩みとカメラマンの不思議そうな視線を感じ、寧は慌てて取り繕う。
「だ、大丈夫です!ごめんなさい!!」
大丈夫、なんて口から出任せだ。本当は、今すぐに不具合を訴えたい。だが、彼と自分の関係は所詮、トップアイドルとしがない雑誌編集者なのだ。考えてみればみる程、辛くなってしまう。寧が偽りの笑顔を張り付けていた――その時だった。
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