Tricksters
154
 ――出社するとタイミング良く、『クロス』の編集長・金子えりがデスクに居た。20代の時にはこの役職に就いていたという彼女に、そのまま書類を渡して自分の席に着こうとすると、不意に呼び止められる。何だろうと思う寧には、こんな言葉がお見舞いされた。



「今伊藤さんが持ってる連載だけれど、そろそろ一年経つわよね?実はあれ、来月で終わることになってるの。すっかり伝え忘れてて、ごめんなさいね。」



 元々3月までの予定で進めていたのだが、“あえて寧にはそれを伝えないように”と提案したのは、先輩の沙伊花だった。様子を見ながら、出来が悪ければ半年くらいで打ち切り、良ければ一年以上の可能性もということにしていたと、えりは言う。



「木内さん、あなたのことをとても評価してるのよ。私もこの一年伊藤さんを見てきて、木内さんの言ったことは間違ってなかったと感じているの。だから、これからはもっと色々な人達を取材していって欲しいのよ。」



 次の連載では、毎回取材するアーティストを変えてみてはどうか。そして、その相手は寧自身が決め、インタビューの交渉をする。そこまでこだわってやるだけの能力があると、えりは言ってくれた。

 編集長も先輩も、そこまで自分を誉めてくれるなんて。今の連載が終わってしまうのは寂しいが、これも新たな扉を開くためだ。二人もきっと祝福してくれるだろう。自分勝手かもしれないが、そう思った。

 ――目を閉じれば、希楽と和洋の顔が浮かんでくる。芸能人だとか一般人だとかに関係なく、後にも先にも、これ程深く自分の心に居座る人は居ないだろう。そんな気がする。



「……じゃあ、次の取材では、お二人にお礼とお別れのご挨拶をしなきゃいけませんね。」

「そうね。それと、マネージャーの工藤さんには、先にお伝えしておいた方が良いわ。伊藤さん、電話しておいてくれる?」

「はい、かしこまりました。」



 最後のテーマは、この一年を振り返っての思い出語りにしよう。心で呟いて、寧は自分のデスクに着いた。


[*back][next#]
[戻る]


第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!