Tricksters
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希楽は先程、和洋の前で、自分のことを好いているというような発言をした。それならば、この車内という密室の中、口説いてきてもおかしくなさそうなものだ。
なのに、彼はそれをしない。やはり、からかわれているだけなのか。それとも、タイミングを窺っているのか……しばらく恋愛沙汰はお休みにして仕事に専念する気でいただけに、無性に疲れたと感じた。
「なぁ、ここはまっすぐで良いのか?」
「あ、うん……二つ先の信号を左折して。その後の角を、すぐ右折。」
「了解。」
何気ない会話にも、妙に緊張感を覚える。そういえば、さっき和洋は自分が別れを切り出したことを了承していただろうか。返事を聞かずに来てしまったような……芋づる式に沢山のことが浮かんでくるので、気が休まらなかった。
「……あ、あのコンビニの前で良いわ。」
「そうか?じゃあ、しっかり休めよ。」
またな、とは言わずに去っていく、アンティークゴールドの髪の青年。気持ちが、彼に傾きかけている。でも、まだ……少し時間が欲しいと思っている自分と、誰かに寄りかかりたいと思っている自分が居て、どちらを取れば良いのかも分からない。
――考えるのは、やめだ。帰ったら、シャワーを浴びてすぐに寝よう。仕事の下準備は明日早起きしてからしようと、そう思った。
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