PURPLE DAYS
59
「あ……あの、お迎えに行く時間、大丈夫ですか?随分遅くなっちゃってますけど……」



 橋本先生の言葉で、腕時計を見る。予定時間を30分近くオーバーしていて、嫌なことが次々と脳裏を掠めていく。



「……俺、帰ります!先生って電車通勤でしたっけ?送れなくてすいません。」

「あら、優しいのね。でも、私は車で通勤してるから心配無用よ。」

「あ、マジっすか。じゃあ、気を付けて帰って下さいね。」



 鞄を掴むと、ドアに向かって駆け出す。その時、背後から呼び止める「あ、ちょっと!」と言う声が職員室に響く。



「え、何ですか?」

「……涼さんに言っておいて。“以前拝見した音楽コンクールでの通訳、とっても素敵でした”って。」



 私、実は彼女のこと尊敬してるのよ、と橋本先生。なら、直接謝れば良いのに。俺の胸ぐら平気で掴んだクセに、変な所でチキンだな、この人。



「……はい、伝えときます。じゃあ、また。」



 廊下に出ると、一気に駆け抜ける。橋本先生はきっと、幸せそうな人達が羨ましかったんだろう。“それを壊すことが自分の幸せになる訳ではない”と気付いたのなら、きっと大丈夫だ。



「……涼、変な心配してないと良いんだけどな……」



 あいつは遅刻してきたことを怒るよりも、相手の身を案じるような性格だから。遅れた分を埋め合わせしなければという思いを頭に、俺はエンジンのかかった車を涼の所へ走らせる。CDをかけることもカーラジオの電源を入れることも、後回しにして。


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