PURPLE DAYS
57
 ──それは、三年前の話。橋本先生には恋人が居て、幸福の絶頂にあったという。

 誰が見ても幸せいっぱいで、もうすぐ二人だけの生活が始まる矢先のこと。事件は突然起こった。



『……どういうこと?ちゃんと説明してよ!』

『うるせぇなぁ……さっき説明しただろ!?
お前と居るとめんどくさいんだよ!安い店連れてくと、ダチとか周りの奴が“可哀想だ”ってうるせーから高いとこ連れてかなきゃなんねーし!!こんなんじゃ養うもんも養えねーっての!!』

『そんな……結婚式は明日なのよ!?招待状だって送ったのに……第一、お互いの両親にはなんて説明したら……』

『だーかーらー!!お前と居ると疲れるっつってんだよ!!お前は気も利くし美人だけど、そういう女と付き合う男の苦労考えたことってないだろ!?』



 橋本先生にはさっぱり分からなかったというけど、俺には何となく分かる気がする。そいつが言いたかったのは、“いつ誰に取られるか分からないという不安”と、“美人をそれ相応の場所に連れていかなくてはならないという義務感”に疲れたということなんじゃないだろうか。

 まぁ、俺は“分かる”って言っただけで、“共感する”とは言ってないけどね。分かんねぇもん、そいつの考えが。自分の包容力のなさとか心の弱さを相手に押し付けて逃げただけじゃん、って思うから。



『そういう訳で、悪いな玲子!じゃあな!!』

『待って!行かないで……!!』



 ――バタン、と扉が閉まる音。それは、不幸が始まる合図に聞こえた。もうすぐマイホーム購入だと意気込んでいた彼女は、絶望に打ちのめされたそうだ。



「……後から知ったんだけど、彼には他に女が居たの。私よりもその人が良いから、結婚式をドタキャンしたみたい。
相手の女性は、飾り気がなくて屈託のない顔で笑う人だったわ。私とは違って、癒し系の人だった。」



 苦笑しながら、橋本先生。おい、笑ってる場合じゃねぇだろ。俺だったら、そいつを一発くらい殴ってるよ。

 親族や友達、式準備に携わってくれた人達に事の成り行きを説明するのは、本当に大変だったらしい。別れた相手を一方的に悪く言うこともできず、お互いの仕事の都合と気持ちの変化だと伝えるしかなかったそうだ。



「……最低じゃん、そいつ。つーかあんた、何で笑ってんの?おかしいとこなんてないだろ、何処も。」

「笑わなきゃやってられないのよ、こういう状況に陥ると。あれからすさんじゃって……来る者拒まずって感じで、誰とでも付き合ったのよね。
でも、全然楽しくなかったわ。今も無駄なことしてるって、分かってるの……だけど、一人きりって辛いのよね。つい、人肌が恋しくなっちゃうみたい。」



 自嘲気味に笑った声が、薄暗闇に吸い込まれていく。何だ……この人、寂しかったのか。よく分かんねぇけど、根は悪い奴じゃないってことは確かだな。


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あきゅろす。
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