PURPLE DAYS
38
「……朱希、あの人のこと好きになったりしない……?」



 不安げな亜麻色の瞳が、俺を見つめてくる。いつも誇りを宿している筈のそれが頼りなく揺れているから、こっちにも涼の気持ちが伝染してきた。でも、そんな感情は捨てて欲しいから。彼女の頭にそっと手を置いて、こう返した。



「……バーカ、心配すんなって。つーかお前、さっき自分で俺の奥さんだってあいつに言ってたじゃん。だったら堂々としてろよな。」



 見開かれた二つの目が、徐々に細まっていく。驚きが喜びに変わる瞬間。そのひとときに、心からホッとした。



「……うん、ありがとう。」

「ん、別に礼言われるようなことしてないけどな。まぁ、あの女がしつこかろうが何だろうが、俺は全然興味ねぇし。生徒からも苦情出てたみたいだからな。」

「苦情?早川君、あの人何か問題起こしたの?」



 岩崎に聞かれて、少し答えに迷った。涼を余計不安にさせるんじゃないか、と思ったからだ。でも、俺が黙っていることであれこれ悩ませてしまうのは、もっと嫌だ。だから、正直に告げることにした。



「俺が担当してるクラスの生徒がさ、前にあの女に破局させられそうになった奴らが居るって言ってたんだよな。」

「え、それって生徒に手出したってこと?教育委員会で問題にならなかったのかな?」



 翔梦の疑問には、また別の所で聞いたことを話してやる。ある女生徒が“彼氏を取られそうになった”と両親に訴え、両親から学校へという風になったことがあるらしい。だが、男子生徒が橋本先生をかばったようで、結局“女生徒の勘違い”ということで片付けられたんだとか。そのカップルは、その事件がきっかけで別れたということだ。



「……男子生徒を味方に付けてるって訳ね。あの人、なかなか汚いね。」



 ボソリと呟いたのは岩崎。翔梦も「確かに、男子ウケは良さそうだよね」と口にする。その後で、「俺は苦手だけど……」と付け足した。おう、俺もそう思うよ。

 生徒にかばってもらえるようにか弱い女を演じたのか、はたまた生徒の方が橋本先生に惚れ込んでしまったのかは分からない。一つだけ言えるのは、自分のしたことを正直に告白しない辺り、岩崎が言ったようにあいつのやり方はなかなか狡猾で巧妙だということだ。


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あきゅろす。
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