EP..Rainy BLUE
08.name
[side...Yorika]
深雪君を自室に運ぶのも、本日二度目。
いくら深雪君が細身でも、女の私には結構な重労働。
「バカ深雪、ちゃんと自分で歩く努力をしなさいよ!」
「ん〜…ぅっ……」
どんなに嫌いでも、眉間に何本も皺を寄せて苦しむ病人を放り出す気にはなれない。
私のベッドに運んで、傍で看ておく。
彼のおでこには冷えピタ。
薬も意識が朦朧とする時に無理やり飲ませた。
熱を測ったら、案の定39度近くまで上がっていた。
病院はもう閉まってるし、うちの親は二人共今日は帰らない。
かといって深雪君の家の電話番号も…。
「…あっ、そうだ!」
私は深雪君の鞄を漁りに行く。
教科書や参考書がごちゃごちゃしてる。
帰りによくわからなかったから、机の中から私が適当に選抜して突っ込んだ。
「見つけた…」
私の手にあるのは、深雪君の携帯。
多分家の番号くらい入ってるはず。
早速アドレス帳を開いて探すと、何故か私の番号。
私、絶対教えてないのに……。
深雪君をキッと睨んで、再度自宅の番号を探した。
「見つけた」
選んですぐに通話ボタン。
プルルル……プルルル……。
ガチャッ。
『はい、深雪です』
「あ…もしもし。私、深雪君、いえ千聖君の……」
『ただいま留守にしています。ご用件のある方は……』
って、留守電かい。
しかも、この声深雪君じゃんか!
「まさか誰もいないわけ…? どうしよう……。
お父さん達は明日まで帰って来ないし、送ろうにも家わかんないし、かと言って泊めるわけには…」
電話を切った後、深雪君の携帯を握り締めて途方に暮れる。
「………どろぼー…」
ボソリと耳に届いた声に反射的に振り返った。
深雪君の冷たい眼差しが降りかかってくる。
すぐに携帯を奪われて、無言で睨まれる。
「ごめん…。ただ、深雪君のご両親に連絡しないとって思ったから…。ほんと、ごめん…」
「両親? そんなのいないよ」
深雪君が目を逸らし、呟いた。
「いない…?」
訊いちゃだめだと思っても、すでに訊いた後だった。
「そ。いないんだよ。母さんは俺を捨てて出て行ったし、父さんは俺を残して海外住まい。
毎月の生活費はきちんと口座に振り込んでくれるから生活には困らないけどね」
「……そう、なんだ。ごめん…。私、知らなくて……」
「大丈夫だよ。昔の事なんて気にしてないから。深く考えないでいいよ」
深雪君は優しく囁くと、私を引き寄せて抱き締めた。
その抱擁に、彼が酷く可哀想だと感じた。
優しいのに、温かいのに、とても寂しそうだった。
まだ私に隠した暗くて重たいものがあるんじゃないかと思えた。
そして、それを見せて欲しい思う私は、どうしたのだろう。
* * * *
「そうだ、勝手に人の携帯見た罰を受けてよね」
「……ばつ?」
「うん。罰☆」
綺麗な人の笑顔は非常に凄みがある…。
「どうすればいいの?」
こちらに非があるので、完全に受け身体勢。
私の言葉に、深雪君は口角をつり上げた。
「電話で言ったみたいに俺を名前で呼んで」
「えっ? あれは、深雪君のご両親が出たのかと思っちゃったから!
深雪君なんて言ったら、家の人全員深雪だし、それで不可抗力で呼んだわけで…」
「言い訳なんていいから。ヨリカちゃんに“千聖”って呼んで欲しいんだ。お願い…!」
罰と言うくせに、最終的に両手を合わせて懇願された。
名前を呼ぶくらい、簡単なのだけれど、それは私の中で決めた誓いを破る事になる。
それだけは、まだしたくない。
「だめ。まだ呼んじゃ私がだめなの。ごめん…」
尚も否定した私を、深雪君はジッと見ていた。
けれど、その言い方に何か引っかかったのか、強く返してこなかった。
「……それって、いつかは呼んでくれるって意味?」
「うん、多分、きっともうすぐ…」
「わかった。ヨリカちゃんが何考えてんのかわかんないけど、今日は許してあげる。
せっかく看病してくれたのに、罰とか色々言ってごめんね」
熱の所為なのか、深雪君が信じられないほど優しい。
私の頭に手を置いて、可愛がるように撫でた。
「じゃあ、もう深雪君は寝て。私のベッド使っていいから」
「え〜…独りは寂しい。一緒に寝よ☆」
「それだけは嫌!」
断固拒否して、私は両親の寝室へ向かった。
* * * *
今はまだ貴方の名前を呼んであげられない。
それは、貴方の心が強くなった時と決めているから。
もう一つ、私が貴方を好きになった時。
だけど、もうすぐ貴方を名前で呼んであげられるような気がするの。
私の中で、貴方の存在が、少しずつ大きくなっているから。
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