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第一回作品
リー
比翼連理




ダアト港の入口でくるりと振り返る。そこにはダアトからここまで見送りに来てくれたフローリアンが立っていた。
彼に向って微笑むと、彼も微笑む。そのやり取りは、ひどく懐かしい気持ちにさせられた。


「見送り有難う、フローリアン」
「ううん。気を付けてね、アニス。ジェイド大佐に宜しくね。あと、せっかく久しぶりの休日なんだからゆっくりして来てって、オリバーとパメラが言ってたよ」
「そっか…うん。パパとママにも、有難うって伝えてね」
「うん。帰ったら、今度は導師になる為に頑張るんだよね。僕、アニスのお手伝いする為に、沢山勉強しておくね」


フローリアンの言葉に素直に頷く事は出来ず、裏切るような気持ちを表す笑みを浮かべると、静かに定期船へと歩き出した。








夕方、波の穏やかなグランコクマの港で、ジェイドは遠くに見える定期船を見て、満足そうに微笑んだ。海は夕日が反射して、オレンジに染まっている。

アニスに会うのは、実に半年ぶりだ。それと同時に、恋人同士になって丁度一年という日でもある。
やがて、定期船が到着し、中から少女がやって来る。待ち切れずに自分からアニスへと近寄ると、強く抱き締め、綺麗な黒髪にそっと口付けた。


「アニス、よく来てくれました。久しぶりですね」
「た、大佐。皆見てるから、離して。恥ずかしいよ…」


すみません、と言葉だけの謝罪をしてアニスを解放すると、手を差し伸べる。その手をアニスが取ると、優しく握って歩き出す。


「夕飯、作って下さる約束でしたね」
「うん。材料、買っておいてくれました?」
「えぇ。リストを見て、何を作るかすぐにわかりましたよ。マーボーカレーでしょう?」


当たりだ。だが、ここで言ってしまうのは面白くないと、アニスははぐらかすような返事をして歩く。ジェイドの家の前まで来ると、握っていた手が離れ、ジェイドが先導するような形で家へ入って行く。

そして真っ先にキッチンへ入って行くと、待っててね、と告げて扉を閉めた。




今日は、いつにも増してジェイドは上機嫌だ。
単に恋人同士になって一年という記念すべき日であるからかもしれないが、どうも嫌な予感を拭う事が出来ない。こういう時のジェイドには何かがある。自分を驚かせるような何かが。それが自分にとって嬉しい出来事なのは勿論だ。
しかし、それと同時に少々やり過ぎる面がある事が困るのだ。

やり過ぎた結果を両親が見れば、家庭の状況などお構いなしに、お返しをしようとするに決まっているのだから。
以前は、地位が上になった事でパーティー等に出なければならなくなった為に、ジェイドがドレスをプレゼントしてくれた。そのお返しとして、家中の野菜のほとんどを差し出した事もある。もちろんジェイドは断ったが。


「…はぁ」


これから何が起こるのかを色々と予想しようとしてみるが、何も思いつかない。
目の前で完成したマーボーカレーの火を消してからよそり始める。煮込んでいる間に作ったサラダと一緒にテーブルへとそれを置くと、何も予想できない自分に呆れて溜息を吐いてから、ジェイドを呼ぶ為に二階へと向かった。









ドサリ、と些か乱暴にベッドへと身体を沈める。自分の家の古いベッドとは違い、上質なダブルベッドは柔らかく衝撃を吸収した。

会う時くらいは同じ部屋で――とジェイドが用意した物だ。
プライベートでも、仕事でも、この家で一緒に寝るなんて、数か月に一度だというのに、こんなに大きなベッドは必要なのかと、疑問に思っているのだが。


「お待たせしました」


枕に埋めていた顔を動かして見上げてみれば、ジェイドの紅い瞳が、こちらを見下ろしていた。起き上がる事もせずに、ただじっと見つめていると、大きな手が頬へと触れた。
徐々に近付いて来るジェイドの顔を見ながら、次にジェイドが何をするのかを予測し、目を瞑る。

だが、予測していた事は、何時まで経っても起こらない。
不思議に思い目を開けると、何かを思い出した表情をしたジェイドが居て、触れていない方の手で、ベッドサイドのテーブルの引き出しを開ける。そして、その中から小さな箱を取り出して、自分の目の前へ差し出す。


「危うく、これを忘れるところでした」
「大佐、何ですか?これ」
「開けてみて下さい」


言われるままに開けてみれば、中には小さな指輪が一つ。
思わず顔を上げれば、いつもと違う真剣な表情のジェイドが居る。告げる言葉が見つからず、黙ってその顔を見つめていると、先にジェイドが口を開いた。


「今日で、貴女が恋人になって一年です。その一年で教団の立て直しも終わったようですし、貴女も16歳になりました。告げるならば、今しかないと思いまして」
「あ…大佐…」


言わないで、と言いたかったが、思った事が上手く言葉になっていかない。そして、先にジェイドが口を開いた事で、タイミングすらも奪われてしまった。


「アニス、愛しています。これからは、ここで私と一緒に暮らして欲しいのですよ。ですから――結婚して欲しい」


そっと取られた左手の薬指にジェイドの唇が触れた。
本来ならば、喜ぶべき場面であるが、心境は複雑だ。

付き合って一年ともなれば、こうして結婚を考える時期ではあるという事はわかっていたし、愛しているのは自分も同じだ。結婚したいという気持ちもある。
だが――ダアトで、自分が導師になる事を望んでいるフローリアンがいる。それを裏切る事もしたくはない。だから、まだ――。


「…考えさせて、欲しいの」
「アニス?私達は、この一年で何度も何度もお互いの愛を確認したではないですか。今更、考えるだなんて…」
「わかってるの。大佐が私の事を愛してくれてる事も凄くわかってる。だけど…フローリアンと約束してるの。導師になる為に頑張るって。フローリアンを裏切るような事は、私には出来ないから…」


暫くの間、沈黙が流れてからジェイドは、わかりました、と笑顔を浮かべた。そんなジェイドに、ごめんね、と何度も謝ってから、謝罪の意味も込めて、自ら頬へと口付けた。

真夜中のベッドで、きつく抱き締めるジェイドの腕をただ素直に受け止めたのは、これから二度と恋人として会えなくなるかもしれない事への慰めだったのかもしれない。








「ただいまー」


教団の一角にあるタトリン家の部屋。いつもならば、この時間はフローリアンとパメラが居る筈なのだが、今日はフローリアンは居ないらしい。部屋の奥からパメラが姿を見せた。


「あら、おかえりなさい。アニスちゃん」
「うん。フローリアンは?」
「今、客人をダアト港へ迎えに行ってるのよ。どうしても行きたいと仰るものだから…」


道理で、教会で姿を見ない訳だ、と思いながらも、相変わらず背中へぶら下がったままのトクナガをそっと机へ置いた。その様子を黙って見ていたパメラだったが、アニスが軍服の上着を脱ぎ始めた時、唐突に口を開いた。


「…ねぇ、アニスちゃん」
「なぁに?どうしたの?」
「何か、悩んでいる事が、あるんじゃないの?」


どう対応して良いのかわからずに、クローゼットからハンガーを取ろうとしていた手を止めてからパメラを見る。そのまま否定する事も、肯定する事も出来ずにただ黙っていると、パメラは何も言わずにアニスを抱き締めた。

その温もりに、ずっとずっと昔は素直に甘えていた事を思い出して、背中へと手を回す。そして、パメラの服を強く握り締めた。


「アニスちゃん…何を悩んでいるのかはわからないけれど。アニスちゃんはアニスちゃんのやりたい事をやれば良いの。誰かの為に、選んだ人生では、きっと後悔するわ」
「ママ…」


普段は頼りない母親の温もりが心地良くて、目を瞑る。


自分が本当にしたい事、それは――。


抱き締めていた母親の身体を離して、ニッコリと笑みを浮かべる。


「有難う、ママ」
「いいえ。あら…来たようね」


慌ただしい足音が外から聞こえて来たかと思いきや、勢い良くドアが開く。その入口から姿を見せたのはフローリアンだった。


「パメラ!連れて来たよ!」
「フローリアン様、ご苦労様です。それで、アニスちゃん…もう悩みは解決したの?」
「うん。有難う、ママ」


今度ははっきりと答える事が出来た。
後ろを向いている顔を前へと戻し、先程部屋に戻って来たばかりのフローリアンを見る。そのまま、視界に入った手を握ってみれば、彼の――イオンのように、温かかった。


「どうしたの、アニス?」
「フローリアン、ごめんね。前に、導師になる為に頑張るって約束したのに、私はそれを守れそうにないの。私は、大佐を…ジェイドを愛してる。だから、ジェイドからプロポーズされた時、凄く、凄く嬉しくて…。ずっとジェイドと一緒に居たいって思ったの。だから…」


それ以上、はっきりと言葉にする事が出来ずに途切れてしまう。次に告げるべき言葉を探そうとした時、軽く握られていた手に、力が籠った。
その行動に気付いて顔を上げてみると、何かを諦めたような、或いは、寂しそうな笑みを浮かべているフローリアンが立っていた。


「わかったよ、アニス。アニスが約束を守ってくれないのは悲しいけど…アニスが他にやりたい事があるなら、僕、そっちを応援する!頑張ってね、アニス」


眩しい程の笑顔に、涙が溢れそうになる。フローリアンの前で泣いてはいけないと思い、ぐっと堪えると、有難う、と笑顔を見せた。その一部始終を見ていたパメラは、自分とフローリアンの肩を叩くとニッコリと笑った。


「良かったわね、アニスちゃん。それと、ジェイド大佐」
「そうですね。ここまで有難うございました。パメラさん」


聞き覚えのあるハスキーボイスが耳に届いてから振り返るとそこには――青い軍服、白い肌、ハニーブラウンの髪、そして、紅い瞳――紛れもなく、ジェイドであった。


「ど、どうして!?」
「貴女がダアトに帰ってから、パメラさんに相談しようと手紙を送ったらこちらに来るように呼ばれたものでして。相談にのって下さった時のパメラさんには、正直驚かされました。貴女のお母様は、私以上に貴女の事を理解していた。つくづく、母親は素晴らしい存在だと思いましたよ」


そこで一度話を切り、アニスの左手を取ると、前にプロポーズをされた時に見た指輪をそっと薬指に嵌める。もう、断る事なんてないと確信しているように。


「では、もう一度訊きます。アニス、私と結婚して下さいませんか?」
「――はい…っ」


先程まで堪えていた涙が、一気に溢れ出す。それを見て、そっと抱き締めてくれたジェイドの背中へと手を回す。そして、胸元へ埋めていた顔を上げれば、ジェイドの紅い瞳と視線がぶつかって――。

お互いに惹かれ合うように、そっと――甘い甘い、キスをした。
















ED後のお話です。
ジェイドに求婚され、嬉しいとは思っていながらも、フローリアンの気持ちを裏切れない優しいアニスのお話です。
ずっとこういう求婚話は書きたかったので…今回書けて満足です。
では、長々とお付き合い頂き、有難うございました!!


Site:晴れ時々雨

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