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第一回作品
HAL様
◇感情の気象状況








貴方が泣けば雨になるか――。


ツインテールが揺れる髪は、ふわふわと遊ばれている。
天然パーマに悩まされる己の髪を、アニスはあまり好きになれない。出来れば、綺麗なストレートヘアが好ましい。
くるくると巻き付く髪に、溜め息も止まる事は無く。髪を結うのも一苦労。
「雨が降ると、目も当てられないんだよねぇ〜」
抱き締めたトクナガに力を込める。ぬいぐるみなそれは、たいして抵抗もなくアニスの腕を受け入れた。
窓の外は、先程まで急な雨だった。
過去形なのは、現在は雨から雪に変わったからだ。
滞在中であるケテルブルクは、年がら年中雪が降る事が当たり前。雨自体が珍しい。ただ、雨が降ると外には人が一人も居なくなる。これは、傘を持っていないかららしい。
雪ならば傘はささなくて良いが、雨はそうはいかず。よって、雨が降る日は誰も外に出ない。
「ホント。誰も居なかったのに、雪に変わったら人が出て来てる…」
「おかしな土地でしょ?」
「あ、大佐」
「ココアを淹れましたが、飲みますか?」
「…頂きます」
渡されカップを両手で包み込み、一口ふくんだ。
甘ったるいチョコレートの味は、舌に絡み付く。まるで、今のアニスの髪と同じように。
「あ、これ。ミルクで入れましたぁ?」
「えぇ。アニスは、ミルクから淹れたココアの方が、好きだったでしょ?」
にこやかに笑うジェイドに、顔が赤くなった。
カップに口を付けたまま、アニスは彼の視線から逃げようとする。そんな子供っぽい仕草をする彼女に、笑顔が絶えない。
アニスに気付かれない様に笑うと、ジェイドはカップに口を付けた。
手元に引き寄せた本は、読もうと広げてそのままだ。
「どうかしましたか?」
「別に。どうもしませんよぉ」
カップだけでは、手持ちぶさたなのか。アニスはトクナガを、もう一度引き寄せる。問答無用に抱き締められたそれは、ぬいぐるみ特有の柔らかさの為に、くにゃりと歪む。
トクナガの頭に顔を埋め、鳶色の眸は赤の眸を見た。
目は口ほどに物を言う――とは、先人は良い言葉を残したものだ。苦笑すると、おそらくアニスの機嫌は下降する。それでなくとも、雪国では滅多に見れない雨などに見舞われたのだ。
どちらにしても、機嫌は悪い。
それらを知った上で墓穴とも取れる発言は、自分としても遠慮したいのが現状だろう。
手に持っていた本を閉じて、机に置く。それから、彼女だけに聞こえる声を音にした。
「アニス」
「…うぅ…」
「どうしました?」
「狡いですよ…」
「そんな事はありませんよ?」
「…あります…」
ますます、トクナガの頭に顔を埋めて行くアニスに、ジェイドは小さく笑いながらも、言葉を繋ぐ。
「アニス。おいで?」
「…たいさぁ〜…」
少しだけ拒否するも、その誘惑は菓子のように甘いのだ。
観念して彼の腕に収まれば、優しく頭を撫でられた。撫でながら、綺麗に結わえられた髪のリボンがほどかれる。鋤かれる様にジェイドの白い手が通った。
額にキスを落とされ、少し下がった眉間にも落とされる。
抱き込んだトクナガが、無言に悲鳴を上げていると感じたのは、きっと空想でしかない。
「少しは治りました?」
「全然ですぅ…」
「そんなに嫌ですか?」
「大佐は、綺麗なストレートだから言えるんですよぉ」
「可愛いと思いますが?」
「どこがですかぁ!」
挑む様に問えば、死霊使いはいつもの笑顔より、一層深い表情をした。
仲間内でも、彼の本当の笑顔を知るのは小悪魔だけ。
嘘くさい笑顔は、貼り付けた仮面でしかない。
アニスの髪に指を通し、楽しそうに遊ばせる。
「ふわふわして、そうですね…綿菓子の様に甘そうな所が、可愛いですよ」
「…大佐…」
「何です?」
「ガイが移りましたぁ?」
「心外ですね。そう言うつもりは無かったのですが」
肩を竦めながら言葉を紡ぐジェイドに、溜め息が出てしまうのは許してもらいたい。
擦り寄る様に額を彼の肩に額を預ければ、止める気配も無く撫でて来る。それが嫌でないのだから、困るのだ。
「大佐…」
「はい」
「…離れないで下さいね」
「えぇ。可愛いアニスのお願いを、邪険には出来ませんから」
とろとろと眠気が来ているのか。彼女の瞼は、ゆっくりと降りて来る。トクナガを抱き締めていた腕も、いくらか力が抜けて行く。ついに、トクナガは傾き床に落ちた。
「アニス…」
「…ん、…」
軽く口付けて離せば、辛うじて聞き取れる音に、ジェイドは苦笑する。
抱き上げて進む先は、本日の寝床でしかない。
白いシーツに散らばる柔らかな髪は、それだけで魅力的なもの。
一房持ち上げキスを贈れば、偶然に眠ったアニスが笑顔になった。
「おやすみなさい」
床に落ちたトクナガを椅子に座らせ、カップを持って部屋を出る。明日は、晴れとは言わないが、雨が降らないだろう事は何となく予測が出来た。


君が笑えば晴れになるか――。












〜fin〜

癖毛の悩みとストレートの戯言。




















Site:有限と微小のパン

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あきゅろす。
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