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第一回作品
華魅瑠様
Absolute feelings named the jealousy.






「…どうだ、アニス?何とか、なりそうか…?」
「うーん…。ちょっと厳しい、かも」

そろりと尋ねられた問いに、アニスは見るからに無残な風体となったトクナガを目の高さまで持ち上げて弱ったなぁと眉根を寄せて呟き答えた。


*

いつも追いかけるのは私の方、

思い続けるのも私の方、

…そうだとばかり思っていた。

*


数刻前の事。アニス愛用の人形(兼、武器)であるトクナガが酷い損傷を受けた。
ちょっとした油断、とでも言おうか。何にしても、周りの者達や当の本人にとっても不測の事態だった事には違いない。
いつもの様に魔物達と交戦していた最中に、それは起こったのだから。

「…それにしても。珍しいですわね、アニス」
「あぁ、本当だな。結構大事にしてたんだろう、それ」
「ボロボロですの!…かわいそうですの〜」

横から覗き込みながらナタリア、その隣でガイ、ふわふわと浮かびながらミュウ。
簡単な綻び程度ならいつもの様に自分で繕い直す事も出来たのだが、今回は内部深くに抉り込んだ傷が中枢部までをも侵食してしまっているらしく、先程からアニスがいくら働きかけようともトクナガはぴくりとも動かなかった。

「…直す事は、出来ないの?」

ティアが痛ましいものでも見るかの様(実際、アニスよりも若干落ち込んでいる風)に尋ねる。
アニスは、少し困った様に眉根を寄せた。

「あ〜、出来るっちゃ出来るけどぉ…」

そこでちらりと視線を脇にずらしたので、自然と皆の視線もそれへと倣う。
先程から黙って事の経過を眺めていた彼は、その気配に気付くと溜息を吐いて眼鏡の縁を片手で押し上げ壁に凭せ掛けていた背を浮かせた。

「…分かりました。私が行きましよう」
「行くって、何処へだよ?」
「もしかして…、グランコクマか」

ルークが問いガイが続けて尋ねると、ジェイドは頷いた。そのまま入口に向かって歩いて行こうとする彼の軍服の裾を、アニスが慌てて掴む。

「えっ、そんな悪いですよぅ!私も行きま「貴女は、駄目です」

仕舞まで言わさず遮る声と彼が垣間見せた鋭い眼光に、アニスは一瞬身を竦ませて動きを止めたが「でも、」と口籠る。

「私一人で結構。アニスと皆さんは、此処で待っていて下さい」

やはり皆まで言わさず、片手でやんわりとアニスの手を降ろしてから宜しいですねと周りの者達へ目で確認していく。それは構わねぇけど、とルークが口を挟んだ。

「―なぁ、」
「はい?」
「お前、なんか怒って「さ、旦那。そうと決まれば、早いとこ行って来いよ。あ、陛下にも宜しくな」
「お、おいガイ!俺まだ話の途中…!」

遮る形で二人の間に割って入ったガイは、ルークの首を抱え込む様にして引き寄せその耳許とへ小声で囁き掛ける。

(良いから、ちょっと黙ってろ!)
(な、なんでだよっ!)
(殺されたいのか、お前は…!)
「は、はぁ!?」

ナタリアとミュウがその様を首を傾げて見遣っていたが、その隣でティアだけは状況を理解したらしく小さく溜息を吐いてもう一度ジェイドを呼び止めようとしたアニスを目で制した。
ティアの視線を受けて、アニスはそっとジェイドから身を離す。

「そうですね…。―では、ガイ」
「お、おう」
「後の事は、宜しく頼みますよ」
「あ、ああ。任せとけ!」

後ろでまだ何か文句を言っているルークを無理矢理押さえ付ける様にして請け負うガイに、いつもなら何某か述べたりしていそうなものだったが彼は特に何を言うでも無く部屋を辞して行った。

「大佐…?」

その後ろ姿を、アニスはただ困惑した表情で見送る事しか出来なかった。

*

そんな感情じゃない。ただ、少しその事実が癪に障るだけだった。(我ながら、往生際の悪い事とは思うが、)

*

目の前で次々と修繕されて行く様を目で追いながら、ピオニーは感心した様にへえと声を漏らした。

「大したもんだな」
「まぁ、当然の称賛ですが、ここは有難く受け取っておきましょうか」

言われた当の本人…ディストは、満更でも無い様子でふんと鼻を鳴らしながら、それでも目の前の対象を直す手の動きは止めずに言い返す。その視線は、先程からちらちらと落ち着かな気に逸らされていた。

「この程度、薔薇のディスト様の手に掛かればどうと言う程もありません!」

ディストの視線の先にいたのは、無論の事ジェイドだ。ディストが捕えられている場所まで来はしたものの、トクナガの修繕を命じると彼自身はさっさとやや離れた所に腰を降ろしていたのだが。
そんな事は兎も角として、先程からそんなジェイドを盗み見ながら鼻を高くして胸をそびえさせてみせたり態と大仰に語ったりして気を惹こうとするのだが、悲しい哉振り向いて欲しい本人はと言えば前述の様な状態な訳で、当然こちらへとは見向きもしない。くつくつと傍らでピオニーが笑う。

「完全に無視だな。…よお、お前、また何かやらかしたのか?」
「またとは何ですか、またとは!し、知りませんよ、そんな事ッ!…大体、何で貴方までここにいるんです!」

実際ディストの言う通り、こんな場所にジェイドは兎も角ピオニーまで来ている事には色々な意味で承服しかねる者達もいるに違いなかったのだが、どう言い包めたものか二人以外にこの場に来ている者はいなかった。護衛の兵士ですらその姿を見せないとはどういう了見だろうと、人事ながら懸念してしまう。
昔からどうにも苦手意識を拭えないこの相手と話す事は好きではないと言うのに、必然的にそうなってしまっている事は少なからずディストを苛立たせていた。(加えて、本当に話したい相手はこちらの存在を完全に無視しているし。)
故にその言葉端には辛辣な響きが伴うのだが、気付いているだろうに彼は平然とした顔で言葉を返して来る。(だから、苦手なんですよ)、などとディストが考えている事を果たして彼は何処まで理解しているのだろうか。

「何だよ、良いじゃねぇか別に。―なぁ、サフィール?」
「キーッ!勝手に人の名前を、ブウサギなんかに付けないで下さい!」

しかも何のつもりか、ピオニーはその傍らにブウサギを引き連れている。まさか、衛兵の代わりと言う訳では無いだろうに。
ジェイドは何も言わなかったのだろうかと再び見遣るが、彼はやはりこちらの状況にはさして興味も湧かないのか余所を向いたままで自然と落胆の溜息が洩れた。
そんなディストの溜息を勘違いしたのか、ピオニーは腰に手を当ててディストの顔を下から覗き込む。

「ケチケチすんなよ。―ほら、ジェイドだって一緒にいるんだぞ。素直に喜べよ」
「だ、誰が喜びますかっ!第一に私はそんなに汚らしくありませんし、ジェイド…は、もっと似つかわしくありません!」

ピオニーが言う「サフィール」「ジェイド」は無論ブウサギ達の方の事だ。御丁寧に首輪を嵌められ手入れを施されたらしい艶やかなその毛並みを嫌々見下ろしながらディストが吐き捨てると、心外だとでも言う様にピオニーが眉を顰めた。
癇癪をおこして歯を剥くディストに見せ付ける様にして彼等を持ち上げながら、その触り心地の良さそうな表皮に頬ずりし御満悦なその様子はおよそ一国を束ねる王にはとても見えない。
人事ながら、この国の大臣達の事が少しだけ哀れに思えてしまうディストだった。

「鼻垂れな所は、結構似てると思うんだがなぁ…。なぁ、ジェイド?」
「誰が鼻垂れですかッ!ああもう、ジェイドからも何か言ってやって…、って紛らわしいですねもう!」

抱き上げたブウサギに対して語りかけるピオニーに、聞き捨てならないとばかりに更にきんきんと喚く(そしてここぞとばかりにジェイドを呼んだ)ディストだったのだが、いつそこにやって来ていたのか予想よりも近い位置にジェイドが立っていた為に僅かに怯んで息を詰まらせた。
心なしか彼の纏う空気は冷たい。そら寒さすら感じながら、それでもディストは嬉しそうに笑顔を浮かべる。しかし、彼の方はディストでは無く彼の足元に視線を落とすのみだった。
彼の視線のその先にあった人形は、いつの間にかその本来の姿を取り戻していた。先程の遣り取りを繰り広げながらも、手だけはしっかりと動かされていたらしい。

「―修繕は、終わりましたか?」
「え、あ、はい。これで大方は…」

期待に満ちた視線は一切無視し、ジェイドは床に転がっていた人形を持ち上げ矯めつ眇めつ見遣る。結構、呟いて彼は背を向けた。

「―では、これで貴方にはもう用はありませんね」
「ジェ、ジェイド。もう少し話を「失礼、陛下。皆を待たせていますので、これで」

何やら名残惜しい様子のディストを完全に視界の外にやった彼は、傍らでブウサギ片手に成り行きを見守っていたピオニーへと短く告げた。

「―ん、おう。ガイラルディアにも折り返し宜しくな」

ひらりとピオニーが手を振って見せると、一度だけ会釈を返してジェイドはさっさとその場から去って行ってしまう。
結局始めから最後まで見向きもされなかったディストは、ショックとも怒りとも言えぬ様子でわなわなと肩を震わせた。

「―なぁ、サフィール。…お前、本当に」
「で、ですから、こっちが知りたいですよ…!」

ぼそりと呟いたピオニーへと涙声を更に裏返しながら言い返す彼を、ブウサギ達が不思議そうに見上げて鳴き声を上げた。


*

(ディストと知り合ったのは本当に偶然…って言うか、完全に事故だったって私は今でも思ってるんですけど。)

(…そりゃ、始めは抵抗ありましたよ?)
(いくらトクナガを直す為って言っても、態々あんな奴の所に行かなきゃいけない訳なんですから)


(……あれ、大佐。怒ってる?)

*


「あ、大佐!おかえりなさーい!」

アルビオールを降りノエルに短く礼を言って宿へと戻って来たジェイドが皆が待っているであろう部屋の扉を開くと、出迎えに現れたのは二つ括りにした髪を揺らしながら走り寄って来る少女だけだった。
少女はその勢いのままにぼすんと音をさせて彼の身体に飛び付く。

「…アニス一人ですか?他の皆さんは?」
「ルークとティアは二人してデー…じゃ無くて、買出しに行ってます〜。ナタリアはミュウと一緒に外に行くって言い出して、ガイは二人だけだから心配…ってこれも呈の良い口実だと思うけど、追い掛けて行っちゃいました」
「要するに、今この宿にいるのは私達二人だけと言う事ですか」
「そーゆー事ですっ♪」

言ってアニスはここぞとばかりにジェイドの身体に擦り寄り、細い腰に腕を回して広い胸に顔を埋めた。当然の様に彼女の小さな身体を受け止めた後、しかし彼は暫くしてアニスの身を静かに自分から離す。
そして、何か言おうと口を開いた彼女の手にすっかり綺麗になったトクナガを持たせた。

(…あれ?)

いつもと違うその反応を疑問に思いはしたものの、その表情を伺おうとした彼女からまるで避ける様に彼が顔を背けて窓際に向かって行ってしまった為、彼が今どんな顔をしているのか分からない。
ただ、何処か冷やかな雰囲気が彼の身の内から隠せない程に滲み出ている事だけは分かった。

「あの、大佐?」
「…はい、何ですか?」

言って振り向いて発された声音はいつもと変わりない様に聞こえるし、彼は笑顔すら浮かべている。(けど、なんて言うんだろ、)

「大佐…、なんか、機嫌悪い?」

そう言ってから、アニスは確信した。そうだ、そう言う事なのだ、と。
対するジェイドは、少しだけ首を傾けて再び微笑む。

「…いいえ?」嘘だ、と瞬時に理解した。

(―だって、目が全然笑ってない。)

そうは思っても、彼が何故こんなにも機嫌が悪いのかアニスは理解出来ないでいた。
そう言えば、出掛ける少し前から様子が可笑しくは無かったろうか。そんな事を考えながら押し黙ってしまったアニスから再び視線を逸らし、窓の外を見遣りながら彼は逆に尋ねる。「トクナガの調子はどうですか?」

「え、あっ、―もう、全然大丈夫みたいです。有難う御座いましたっ」
「…そうですか」

アニスはトクナガの両腕を掴んでくるりとその場で一回りし、その感触を確かめる様に抱き締めた。

「それにしても、相変わらず完璧だなぁ…。もっと違う方向に才能生かしてれば、監獄送りとかならなくて済んだと思うんだけど」そう呟いた彼女の言葉に一瞬ジェイドが眉を動かし天井を見上げたのだが、生憎と彼に背を向けていた彼女はそれに気付かなかった。

「大佐、ディストに会ったんですよね。…あいつ、相変わらずでした?」

だろうなぁきっと、などとくすくすと笑って言いながらアニスはそのまま扉の方へと歩いて行った。ジェイドからの返答は無かったものの、また本でも読み始めたに違いないと憶測し深くは考えずに扉のドアノブに手を掛ける。

「じゃあ、ちょっと皆の様子見に行ってき―――」引き開けようとしたその扉は、アニスの目の前で強い力によって阻まれた。ドアノブに掛けていた手は、当然ぴくりとも動かせなくなる。

息を飲んで両耳のすぐ横に突き出し扉に向かって伸びている腕と指先を見、その元を辿る様にそろりと視線を上向けると極上の笑みを浮かべた『彼』と目線が綺麗に合う。相変わらず、顔は笑っていても目は笑ってはいない。
いつの間に後ろに、と言うかどうしてこんな目に遭っているかが分からず更にアニスは少しだけ恐怖を感じて身震いした。

「どうしましたか?」
(「どうしましたか?」―じゃ、ないんですけど…!!)

余程そう突っ込みたくて堪らなかった。
けれど今それを言ってしまったら、色々な意味で拙い事になりそうな気がしていた。本能のお告げ、と言う奴だろうか。

「えーっ、と…あのぉ、大佐ぁ?」

結果として、彼女は取り繕う様な甘い声を上げなければならなかった。

「はい、何でしょう?」

先程から一向に腕をどかすつもりは毛頭無い様子で、にこにこと柔らかな笑みを浮かべる事を止めずに小さな彼女の姿を半ば背中から抱き込む様な体制で彼は言葉を紡ぐ。
わざと、彼女の耳朶へとその囁きを吹き込む様に。

(うわ、声が近い…。くすぐった…、い…!)

ただでさえこの密着状態。未だ思春期の彼女にしてみれば、色々と溜まったものではない。きっと顔から耳から首筋まで真っ赤になっているに違いない、と思いつつ隠れようも無いこの状況は羞恥極まる。
そうは思いつつも、退いて下さいとも言えずここから逃げる事もままならず。(生殺し…)
彼が機嫌が悪い故にこの様な行動に出たのであろう事は予測は付いたものの、一体何が原因でそうなったかが分からなければ対処の仕様も無い。アニスは小さく息を吐いた。

「…大佐、どうしちゃったんですか?」
「…」

機嫌悪く彼女を腕の中に閉じ込めて置きながら、何かするでも無くそのままで。
意図が読めずに、アニスは困惑するばかりだった。もう一度覗き込んだ彼の表情は少しだけ自嘲を浮かべたもので、だからアニスは余計に戸惑う。

互いに黙り込んだままどれ程時間が過ぎたのだろう。良い加減この状態を何とかしなければ、と口を開き掛けた彼女の唇に人差し指を当て溜息を零す様にジェイドが呟いた。

「…こんな私を、貴女は厭いますか?」
「えっ?」

何の事か分からず聞き返すと、再び自嘲的な笑みを浮かべたジェイドはアニスの焦茶の髪を一房掬い上げ瞳を閉じてそれへと唇を押し当てて低く呟く。

「嫉妬、ですね。何て、浅はかな…」
「…た、いさ?」

頬を染めたアニスを再び開いた瞳で見遣って微笑み、己の言葉を恥じ入る様に口を噤んだジェイドは首を小さく左右に振った。「……止めましょう、」

(もしかして)

途端、アニスは全てに納得がいった様な気がした。

ジェイドは機嫌が悪かった。
そして先程の行動に及んだ。
更にそれが『嫉妬』から来るものだ、と呟いた。

―と、言う事は。

「…失礼。少し、頭を冷やして来ます」
「大佐っ」

拘束していた身体を解放し、部屋から出て行こうとするジェイドの腕を今度は逆にアニスの方から掴んで引き寄せた。
驚いた様に瞳を見開いた彼の身体に抱き付き、腕を伸ばして首に絡めて目の前にあったそれへと唇を押し付ける。
身を離しても、未だに驚いた様に少し瞳を丸くしている彼にほんのり赤く染まった頬を緩めて微笑んでみせた。

「アニス…」
「…嬉しいです。やきもち、焼いてくれたんですね。…相手が、ディストってのがちょっと気に入らないんですけど」

付け加えて、僅かに頬を膨らませてみせたアニスに今度こそジェイドは優しく笑った。

「…済みません、それは私も予想外でしたよ」

言って、彼女の身体を抱き締め直し甘い口付けを落とした。


*

(全く…。こんな事で簡単に嫉妬してしまうだなんて、私も随分と人間臭くなったものですね)

(あれ、大佐。…ひょっとして、今度は照れてます?)





(“嫉妬”と言う名の絶対感情)
fin.
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