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魔法先生ネギま!
義理と本命のボーダーライン(ネギま/朝倉夢)

「はい、これ」

 その日一日の総ての授業を終えて、放課後。
 呼び出されるままに報道部の部室を訪れた山田太郎を出迎えたのはそんな素っ気ない言葉と、手の平に収まるビニールの包みだった。

「チョコ?」
「そ。ハッピーバレンタイン、ってことで」
「……10円チョコの詰め合わせで?」

 包みの中には四角いチョコが数える程度。色取り取りの包装は可愛らしくある、が。

「朝倉ぁ、わざわざ人をこんなところまで呼び出して、これかよ……」
「もらっといて贅沢言わなーいの」

 場所は、報道部の部室の前。
 そう、麻帆良学園、女子中等部の報道部だ。歴とした男子生徒である太郎が足を運ぶには少々躊躇われる場所なのだ。
 事実として、ここに至るまでに突き刺さる視線は多かった。

「どんだけ居心地悪いか分かってねえだろ」
「……どのくらい?」
「針のむしろ」

 分かんないなあ、と朝倉和美が笑う。その表情は太郎からは窺えない。
 それも太郎の苛立ちを募らせる理由の一つだ。
 呼び出した張本人であるにも関わらず、朝倉は報道部の扉越しに話しており、その姿を見せようとしない。
 チョコの包みも手だけを廊下に差し伸べるカタチで渡したのだ。

「ツラぐらい見せろっての」

 言えば、朝倉は露骨に言葉を濁す。

「あー、と。ほら、アレよ。フィルムの現像中。真っ暗にして光を入れちゃいけない、アレ」
「いつの時代だよデジカメ使い」

 そもそも、直前のチョコレート受け渡しに扉を開けている。
 不審だ、と太郎は訝しむ。扉越しでは言葉がくぐもって会話もしづらい。
 だから、扉の取っ手に指をかけて。

「開けるぞ」
「――ダッッ!」

 メ、と朝倉が叫んだ。奇声といってもいい。扉にはめられた厚めの磨りガラスの向こうで、特徴的にまとめられた赤髪が揺れていた。
 太郎が少し指先に力を込めた程度では扉はビクともしない。
 朝倉が部室内から開かないように扉を抑えていた。
 一つ、太郎は息を吐いて。

「――なにがしてえんだよテメエはーッ!」
「ギャー! ちょっと無理やり開けようとしないでよね!? 男としてどうかと思うわよそういうのー!」
「人としてどうかと思うことやってるヤツが吹かしてんじゃねえよ!!」

 ガタンガタガタ、ドタンバタン。
 さして厚くもない報道部部室の扉がけたたましく、軋む。
 少し開いて、閉じて。隙間から光が漏れたと思えば、また閉じる。まさしく一進一退。両者一歩も譲らず。しかし戦況は膠着しない。

「――ッッしゃおらあ!」

 開いた隙間に、太郎が爪先をねじ込んだのだ。
 柔軟ながら頑丈な上靴が挟み込まれては朝倉がどれだけ足掻いたところでもう扉が隙間を埋めることはない。
 朝倉が息を呑む音を、太郎はわずかに聞いた。

「待っ――」
「オーップン、セッサミィー!」

 寸での静止も聞かず、太郎が扉を勢いよく、開いた。いざこざの末だったからか、変にテンション高く。

「――お」

 扉の開いた向こう、報道部部室には朝倉の他に誰もいなかった。
 取り立てておかしな様子もない。カメラを始めとした機材、取材道具が整頓されて並ぶ一方、記事の草稿と思しき原稿用紙がそこかしこに散乱している。
 あまり綺麗に使われているとは言いがたいが、部室としてはごくありふれた風景だったろう。
 ――そんなことよりも。

「う、あ」

 太郎の視界に飛び込んだのは、眼前。
 つい今しがたまで扉の開閉を競った少女の姿だった。
 2月、冬の日暮れは早い。すでに窓からは赤みがかった西日が部室全体を染めるように射し込んでいる。
 少女、朝倉の着込んだワインレッドの制服に影がかかる。窓を、西日を背に、その表情は太郎から窺えない。
 それでも、扉一枚の距離だ。どんな様子かは、察することができた。

「……お前、さ」
「タ、タンマ。ちょっと、顔、見ないで」

 朝倉が弱々しく、普段の快活な様子とはイメージの繋がらない声音で顔を隠す。
 隠されるまでもなくはっきりとは見えない、が。

「……これだから、イヤだったのに。こんなの私のキャラじゃない、し」

 バレンタインデーは特別な日なのだと。その姿は、どんな記事よりも雄弁に物語っていた。
 しばしバツの悪そうにそっぽを向いていた太郎が、思いついたように口を開いた。

「10円チョコの詰め合わせでよくそういう態度取れるなオメエは」

 言った顔面に何かが直撃した。
 確かな感触、固い実感と小さくはないサイズ感。包装越しに、打たれた鼻をほのかにくすぐったのはカカオに独特な香りだった。

「三倍返し。こうなったら容赦しないからね?」





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あきゅろす。
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