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魔法先生ネギま!
男の子女の子(ネギま/裕奈夢)

 白んだ空が青く変わり、徐々に日が勢いを強めていく。
 周囲を見ても人通りは少ない。わずかに立ち止まるだけでよく冷える汗が夜中の涼しさの名残を感じさせる。
 ひどく静かな時間だ。これから時間を追って誰も彼もが動き出す。

「ほらー、太郎遅いよー!」
「……おう、ちょい、タンマ」

 明石裕奈の明るい声に、限界一杯の声を絞り出す。
 夏に比べて冷えた空気と遅くなっていく夜明けを実感しながらの、早朝。山田太郎は裕奈と共にジョギングで汗を流していた。
 特段、運動が好きというほどでもない。当然、自虐を好むワケでもない。
 では何故に汗をかき、息せき切らしてまで走るのか。

「もー、そんなんじゃ授業のマラソン、上手くいかないよ?」
「運動部、員、と一緒、するんじゃ」

 途切れ途切れの言葉に、ダメだにゃー、と笑い。裕奈は足を止めて太郎を待つ。
 朝日を横目にふらふらと、歩いているのか走っているのかよく分からない足取りで近づいてくる様は何かの動物の赤ちゃんじみていて。つい口元がムズムズと動いてしまう。

「ハ――、ハ――、死ぬ」
「死なないってば」

 きゅうけー、と手近なベンチに座り込む太郎。その横に裕奈も腰を下ろす。
 車道に対して幅広の歩道。元より車の通りは少なく、日除けの並木が涼しい一本道はジョギングに最適だ。日中にも近所のスポーツマンやそれなりな年頃の人たちが汗を流すのをよく見かけられた。
 それも、早朝では見当たらない。一人二人とスレ違った程度。

「はい、お水」
「がぼ」

 渡された水筒に太郎がかぶりつく。がっ、がっと喉を鳴らす様子はどうしようもなく飢えている。水筒を空にする勢いだ。

「ぶ、っはあ。生き返った!」
「なんか、あれ。ドラ○ンボー○みたい」
「あ、どの辺がよ?」
「んー、ほら、あったじゃん。カプセルの中でぶくぶくいいながらケガを治すやつ」
「ああ、アレ。……似てるか?」

 似てたって、と裕奈が笑う。
 意味があるでもない雑談は涼しい空気に混じって消える。運動で火照った身体はあっという間に冷やされて。鼻を啜りたくなるのはきっと気のせいではない。
 もう一度、水筒に口をつける。

「でもさ、太郎ってば流石に体力なさすぎじゃない?」
「うっせ。だからこうやって朝っぱらからさ」
「珍しーよね。付き合ってくれ、ってお願いされた時は槍でも降るのかと思ったよ」
「男にゃ退けねー時があんだよ」

 関東最大の学園都市たる麻帆良学園の敷地は広大である。とても広大である。
 都市内では種々様々な施設が充実する一方、その広大さが仇となることもままある。
 つまりはマラソン。いわゆるグラウンド一周、校舎一周。それだけでも一般のそれの比ではない。日々賑やかな学園都市を満喫する学生たちにとっては数少ない死活問題なのである。
 それは、山田太郎にとっても同様で。
 どこか遠くを見る友人に裕奈が問う。

「なに賭けてるのさ?」
「食堂のギガ盛り一回」
「あー、アレ結構お値段張るんだよねー」

 大盛り食券二枚でメガ盛り、四枚でギガ盛り。太郎はそこへさらにテラ盛りに挑戦するつもりだと豪語する。男子だなー、などと裕奈が笑う。
 なんとなく、そこで会話が途切れた。
 水筒を片手に太郎が芒と明け方の空を眺めている。
 その横で、裕奈は青年の横顔を見つめてみた。

「……背、伸びてる」

 ベンチに座っているから座高というのか。裕奈は自分の視点よりわずかに高い位置に太郎の顔があることに気がついた。
 二人の付き合いはそれなりに長い、はずだ、と裕奈は思う。曖昧だ。もうずっと一緒にいる気もするし、ついこの間に出会ったばかりのような気もする。適当。
 とはいえ、少し前までは二人の身長にもそう差はなかったはずなのだ。腕相撲をしても拮抗していた。むしろスポーツを嗜む裕奈の方が勝っていたかもしれない。
 今は、どうだろうか。

「男の子なんだね」
「……その、私お姉ちゃんです的なのどこから目線だよ」
「あれ、聞こえてた?」
「めっちゃ普通のトーンだった」

 笑ってやり過ごす。意識はしていなかったが、少し照れ臭いのは差し込む朝日がごまかしてくれるだろうと。そう願って。
 裕奈が勢いつけて立ち上がれば、揃えた足音が広く響いた。

「よしっ、休憩終わり!」
「もーちょいよくね?」

 ダメです、と両手でバツをつくれば太郎が頬を膨らせる。それが妙に可笑しくて、笑みを浮かべてしまう。

「? どしたの?」
「……や、別に」

 急に黙り込んだ太郎に裕奈が小首を傾げて。太郎は愛想もなくそっぽを向いた。
その頬に赤みが差して見えたのは、きっと朝日のせいだろう。
 喉が渇く。水筒の水を、また一口飲んだ。
 太郎がうんざりだとばかりに声を上げる。

「あー、なんでこの世にマラソンなんてあんだろーなー」
「言ったって仕方ないっしょ。マラソンが消えてなくなるワケでもなし。ほら、テラ盛りテラ盛り」

 手を叩いて奮い立たせようとしても効果のほどは見られない。
 バスケ部所属、運動好きの裕奈としてはそこまで渋る理由は理解できなかったが。それはそれとして見過ごせるものではない。

「元気が一番、元気がサイキョー! ほら、太郎も!」
「げんきー」
「どう見てもやる気ないじゃん!」

 どうやってその気にさせたものか、と頭を悩ませて。

「あっ、そうだ」

 一つ、裕奈の思考を掠めたものがあった。
 さすがに効果もないだろう、とは思う一方で。どうせだから少しからかってやろう、とほくそ笑んで。

「太郎、太郎」
「あんだよ?」

 ぐい、と。裕奈が腕を組んで、持ち上げる。
 すれば、両の胸が腕に乗ってその質量を強調させた。少し前まではできなかった芸当だ。明石裕奈、成長期。

「マラソン、がんばったらさ。おっぱい触らせてあげるよ?」

 イメージは、うっふーん。やや前屈み。気分はテレビのセクシータレント。
 どうだ、と様子を窺う。裕奈の想像の中の太郎は笑うか、照れるか、呆れるか。
 では、実際は。

「――マジで?」
「えっ。え、あ……うん?」

 見知った顔ではない。ひどく真剣で、どこかギラついた表情。まるで別人のようで少しヒいてしまった。
 結果として、応答の言葉は肯定となって。

「マジか、マジだな。よっし! 走っぞー!」

 勢いよく立ち上がった太郎が、先ほどまでの疲労を感じさせないスタートを切る。
 動物の赤ちゃんのような頼りなさは見られない。それは完全に肉食獣のそれだ。
 数秒を呆気に取られて。思い出したように裕奈も走り出す。

「早まった、かな?」

 走り出したばかりなのに妙に動悸が早い。身体が熱く感じてしまう。
 頬が紅く染まるのは、きっと、差し込む朝日のせい。





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あきゅろす。
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