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魔法先生ネギま!
スチール缶ウォーズ(ネギま/明日菜夢)

「ちょっとそれ、ちょーだい」

 応じる間もなく、明日菜はひょいと太郎の手からジュースの缶を取り上げた。
 くい、と空を仰ぐように。缶を呷れば、白い肌、なだらかな喉がごくりと嚥下の起伏を作る。

「ぷ、はー! ん、ありがと」
「……おう」

 暦は9月に移り、夏の盛りも過ぎたとはいえまだまだ蒸し暑さが残る時期だ。
 外を歩くだけで肌には汗が浮き、身体が水分を求めるのは当然のこと。明日菜が隣を歩く太郎からジュースのお裾分けを望んだのも自然なことだった。
 太郎が、返却されたジュースを手元でじっと見つめる。

「なによ、ちょっと貰っただけだってば」

 それを明日菜は、太郎が不満に感じていると受け取ったらしい。口を尖らせて弁明する。言外に、心が狭いと言っている。

「いや、それはいいんだけどさ……」
「じゃ、なによ?」

 なんと言ったものか。あるいは言わなかったものか。太郎が内心で頭を抱える。
 偶の休日。馴染みの友人、神楽坂明日菜と都心に足を伸ばしていた最中のことだ。
 次の一言で一日の残り半分の是非が決まるといっても過言ではない。

「……お前、普段もこういうことすんの?」
「普段って?」
「だからさ、他人が飲んでるもの貰ったり」
「んー、このかとか刹那さんくらいだったら、たまに?」
「ネギくんは?」
「ネギでもする、かも」

 明日菜の何気ない行いにドギマギするネギの姿を思い浮かべようとして、特に動じていない――気づいていない姿が脳裏に描かれた。
 これか、こういう環境で鈍さが身についたのか、と太郎が吐息する。
 すれば、明日菜が眉間にしわを作った。

「太郎、言いたいことがあるならはっきり言いなさいよね!」
「そのまま気づかない方がいい気もするんだよなあ……」
「何よそれ?」

 言いながら翠と青の両眼が怪訝そうに細められる。
 太郎の背でじっとりと汗がにじむ。シャツが張り付いてしまうほどの発汗は残暑のせいばかりでないはずだ。
 そのせいか、妙に喉が渇く。折りよく手に握られていた缶ジュースで潤いを得ようとして――。

「うわぁおッ!」
「きゃっ。……なによいきなり大声出して!」
「ッッぶねえ……!」

 口を付ける、一瞬手前で思いとどまった。危うい、非常に危ういタイミングだった。日射しを浴びた缶の飲み口がこれ見よがしにキラリと光る。

「なに、飲まないの? ……なによその眼?」

 たとえるのなら、コイツとんでもねえこと言いやがるな、と。そんな眼だった。
 度重なる太郎の胡乱な様子に、いよいよ明日菜の視線が険を帯びる。

「なんなのよ、さっきから! 文句あるなら男らしく堂々と言いなさい!」
「……、……大雑把女」
「なぁんですってえ!!」

 声を張り上げて怒りを顕にする明日菜。
 しまった、と思うもすでに遅い。こうなってはいよいよ明日菜も退かないだろう。そうなれば事の次第を明日菜に話さざるを得なくなる。
 太郎としては、それだけは避けたかった。話して何か問題のあるワケでもないが、男として、思考の隅で何かが警鐘を鳴らしていた。
 急ぎ結論を出す他にない。明日菜に追及されるより、早く。
 そして、太郎は。山田太郎は。

「あー、分かった! 分かったよ! 行きゃいいんだろ行きゃあ!」

 意を決して、唇を、付ける。
 まず感じたのは缶の淵の硬質な冷たさ。次いで、淵に残っていたジュースのほのかな微温さと、爽やかな甘さ。
 そして――。

「……ッ!」

 缶は空だった。





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