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短篇集
Bad Luck!(IS/箒夢)


「ねえ、箒さん。厄払いお願いできます?」

 おどけた調子で話を持ちかけた山田太郎に、紅白の装束をまとった篠ノ之箒はいかにも怪訝そうな視線を向けた。

「あれ、何その眼。参拝客だぞう俺」
「お前はどこか軽薄なのだ。態度という態度が緩み切っている。年の初めくらいは引き締めてみればよいものを」

 棘のある口調で咎めたところで太郎は呵々と笑うばかりだ。
 箒は諦めたように大きく息を吐いて。

「で、どんな厄を払いたいと? お前自体が疫病神のようなものだろうに」
「ひっでえの。いやね? これ、さっき御神籤ひいたんだけどよ」

 言って、太郎が幾重もの折り目のついた白紙を持ち出した。見れば確かに、ここ篠ノ之神社に設けられた御神籤に違いなかった。

「吝嗇なお前には珍しいことをしたな」
「年の初めの百円ぽっちでそこまで言われるかね、俺」
「日ごろの行いを省みることだ」

 言いながら、箒は御神籤を見る。
 一際目立つ箇所に赤の二文字。

「すれば大凶が出たので払いたい、と」

 そゆこと、と太郎が朗らかに応えた。緊張感のない態度だ。箒はもう一度息を吐いた。

「厄払いなどと、何かと思えばこんなことか。それならば、ほら、あちらに神木があるだろう。そこの枝に結んでくればよい」
「あら、ほんとだ。けっこう結んであら」
「……お前の眼はどこに付いているんだ。あんなに目立つものを見落として」
「巫女さんばっか見てたもんで。や、ここは別嬪さん多いね!」

 鼻の下を伸ばしてみせる不埒者に、箒は心底からの軽蔑のまなざしをくれてやる。応えた風もなく太郎はへらへらと笑う。

「お前は新年もこんな調子か……。これでは厄など払ったところで――いや、待て」

 ひとつ思い至り、箒は神木へと足を向けようとしていた太郎を呼び止めて。

「太郎、御神籤の内容はちゃんと読んだのだろうな? 吉凶ばかりがすべてではない。ひとつひとつが神託なのだ」
「あー、失せ物ーとか、待ち人ーとかってアレか」
「それだ。見て……はいないようだな」

 思い出したように手元の御神籤を覗き込む様子に、箒は三度目の息を吐いた。

「つってもさあ箒さん。どうせ大凶ならどれも似たようなもんじゃねえの? なし、なし、なしのオンパレードみたいな」
「そんなに単純なワケがないだろう。どれ、見せてみろ。お前だけではまたぞろ妙な心得違いや勝手な解釈をしかねん」

 言って、箒は太郎に身を寄せ、その手元を覗き込む。

「貴様にはまず学問だろう。どれ……」
「馬鹿で悪かったわね。ええと、学問。“前途多難、迷わず縋れ”。ボロクソじゃねえか」
「縋れと書いてあるだろう。他者に教えを乞い、真面目に向き合えば道は拓けると言っているのだ」
「うわマジかすっげえ前向き。そうは読めねー」

 茶化す口ぶりを聞き流し、箒は続ける。

「願望、”身の丈を弁えよ“。大きなことばかり考えず、小さな幸運を大事にするのがよいということだな。積み重ねが肝要なのだ」
「身の程を弁えろからよくそんなこと言えんなあ……」
「身の丈だ、悪し様に捉えるな。次だ。待人、“来ず”。他者を頼るばかりでなく、まず己が力で挑んでみよ、だ。すれば自然とお前を助ける者も集まってくるだろう」
「俺さっき勉強で人を頼れっつわれたけど?」
「他者を頼るのもまず己の努力ありきだ、たわけ。健康、“障りなし、されど怠るな”。……馬鹿は風邪を引かないか」
「箒さん箒さん、俺だってそろそろ泣きますよ?」

 失物、旅行、争事。あれこれと読み上げては箒が解釈し、太郎が茶化す。
 太郎の不真面目な態度に呆れながら、しかし箒もわずかに笑みをこぼす。一喜一憂、大げさに振舞ってみせる太郎の姿は馬鹿馬鹿しくもどこかおかしくて。
 かといって、新年の祭事を司る巫女として姿勢を緩ませるワケにはいかない。と、箒は呼吸をひとつ、背筋を伸ばす。

「あとは、恋愛。……まあ、無理だな。諦めろ」
「せめて俺の顔じゃなくて御神籤の方見てから言ってくんない?」

 仕方のない、とわざとらしく言って、箒は御神籤へと視線を戻した。
 読み上げる。

「恋愛、“諦めることなかれ”。……まあ、可能性がないではない、と言ったところか」

 言って、見れば、太郎はすこしだけ真剣な表情を浮かべていた。
 軽薄に笑うでもなく、茶化すでもなく。言葉を真摯に受け止めているような。
 意外に凛としている、などと感じてしまったのは年の初めの澄んだ空気、冬の冷気のせいだろうと、箒は内心で呑み込んだ。

「ん、サンキュ。ためになったわ」
「そ、そうか。では、あとはこれを神木に……太郎?」

 促したのとは逆の方向に太郎が足を向けたのを怪訝に思い、箒は呼び止める。
 太郎はひらひらと御神籤を手先で揺らしながら。

「ああ、厄払いね。やっぱいいわ」
「いい、とは。持ち帰るのか?」
「大凶だけどな。ま、気の持ちようってことで」

 笑って、太郎が背を向ける。巫女さんがんばれよ、と軽く手を振って、参拝の列の向こうに姿を紛れさせていった。
 それをひとり見送って。

「なんなのだ、あいつは」

 狐につままれたような心地で、箒はひとりごちる。
 突然の心変わり。軽薄で、気まぐれで、不真面目で。まったく気に入らないと腹のひとつも立てたくなって。
 しかし。

「……なんなのだ」

 直前に見た横顔が不思議と思い出されて、不思議と胸の内がざわついた。
 立ち尽くしていれば冬の風が身にしみる。
 暖かな春はまだ遠く。しかし、とくんとくん、と小さな足音が聞こえ始めていた。





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