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短篇集
ジャネの法則なんのその(アサルトリリィ/因夢)


「はい!」
「よっと」
「せいや!」
「あらよ」
「よい――――しょおっ!」

 ズシン。一際に力強く振り下ろされた杵が強烈に木臼を打ちつけた。
 心なしか地面が震えた気がした。それでいて木臼に損傷のひとつも見えられないのは真っ白なもち米が杵を柔らかに受け止めたからか。
 同時に、男の手が臼から退避していた。

「ッッぶねえ! 因、お前ね! 俺の手ぇツブす気か!?」
「てへへ、つい」

 太郎の抗議を受けたところで鈴木因は悪びれた風もなく、大振りな木杵を手に、ちょこんと舌を出すだけだった。
 日付は1月1日。御台場女学校、LGヘオロットセインツの面々に引っ張り出された教導官、山田太郎は元旦の餅つきの手伝いをさせられていた。

「保護者ー! 保護者ー! なんとか言ってやってくれオイ保護者! この子ってば正月の餅を真っ赤にしかねねえぞ!」
「治、呼ばれてるよ」
「えっ、保護者って私?」

 楪に言われて治が振り向く。それぞれの手で搗き立ての餅が湯気を上げていた。
 振り向いた治に、因が大きく手を振る。

「治様治様! どうですか因が搗いたお餅! 美味しいですかー!」
「あ、うん。すっごく美味しい!」
「俺もね。俺も手伝ってるからね、いろいろ」

 ついでのようにボヤく太郎に苦笑しながら、治は餅つき担当組に歩み寄って。迎えるように大きく距離を縮めた因に気圧され、一歩を引いた。

「はい! よーし、治様のためにもっともっとたくさんお餅を搗きますよー!」
「ふーりーまーわーさーなーいー。杵を。危ねえから。つか、よくそんなもん振り回せるねお前」

 ひとつ、白く煙った息を吐いて、太郎が治へと向く。

「なんとか言ってやってくれ保護者。こいつ、俺の言うこと聞きやしねえ」
「保護者……。いやでも、教官の言うことだってちゃんと聞くと思いますよ。ねえ、因?」

 呼ばれて、因が勢いよく振り向いた。

「はい! 大好きな教官の言うことなら、いっつでも! 聞いてます!」

 言って、大きく仁王立ち。集まりの方で薺と廉が拍手と歓声を上げた。
 治も、すこし困ったように笑って。

「ほら。こう言ってますし」
「それが一番困ってんだよなあ」

 太郎が膝に手をついて立ち上がる。

「交代だ交代、ちょっくら休憩だ。俺も腹減ったよ。治、代わりに餅返してやって」
「えっ。で、できるかな……」
「大丈夫です治様! 因に任せてください!」
「ケガすんなよー」
「……じゃあ。よろしくね、因」

 はい! と一際大きな返事を背に太郎は木臼から離れる。
 それを、因がまた呼び止めて。

「教官ー! すぐに因が一番――のは、治様だから――二番に美味しいお餅を搗きますから待っててくださいねー!」
「俺、二番かあ」

 皮肉げに笑って返す太郎を、椛が餅の乗った皿で迎える。

「お疲れ様です山田教官。元旦からお付き合いいただき、ありがとうございます」
「あいよ。まあ、福利厚生? 命がけで戦ってるリリィには親切にしろってのは社会常識だし?」
「うんうん、いい心がけ」

 おどけて応じた楪が椛に睨まれるのを他所に、太郎は餅に噛り付く。
 純白の餅が伸びて、伸びて、伸びて。

「おく伸うぃんな」
「搗き立てって感じだよね。因のパワーのおかげっていうか。あと教官の、犠牲?」
「はっはっは、揃いも揃っててめえら休み明けの訓練倍にしてやろうか」

 梓の軽口に太郎が強めの笑顔で応じる。
 ぺたん、ぺたん、と餅の搗かれるリズミカルな音が新年の澄んだ空気によく馴染む。
 ふと、太郎が視線を感じてみれば、楪と梓がひそひそと言葉を交わしていて。

「あんだよ、お前ら」
「いやあ、この際だから聞いてみようかなってなっただけでさ」

 餅を一口噛み切って、楪が切り出す。

「実際のところ、教官って因のことどう思ってんのかなーって」

 言葉に、他のメンバーも一斉に注目した。太郎にすれば、なんとも居心地の悪くなる質問と状況だ。

「椛、お前までね」
「す、すみません。ですが、その、やっぱり気になってしまって」
「椛は悪くないない! 因から好き好きってアプローチされてるくせに、たいしてアクション返さない教官が悪いんだし」
「悪いってお前、生徒にンなこと言われてもこっちは困んだよ、ほんと」

 あー、と皆が声をあげる中、小首をかしげた薺が、じゃあさ、と疑問を発する。

「因ちゃんが生徒じゃなかったら、どうなんですか?」
「ナイス薺! そういうのいいよ!」
「時々思うけど楪って俺のことナメくさってるよな。その辺どうよ生徒会長?」

 恐れ入るように頭を下げる椛に、気にするなとジェスチャーしつつ、太郎は。

「たらればっつうけどね。年の差いくつだと思ってんだよ高校生。おっさんだぜ俺」
「あれ、そんなに違ったっけ?」
「教官もまだお若く見えますわよ?」
「そうかなー。立ち上がる時よっこいしょってよく言ってるじゃん」
「楪、お前ひょっとして俺のこと嫌い?」

 梓と紅には磯辺焼き用の海苔を一枚ずつ分け与えつつ、太郎が続ける。

「社会人と学生じゃ一年の重みが違えのよ。若者にゃたいした差に見えないかもだけどよ。たられば関係なく、お前ら若者、俺おっさん」

 言いながら、餅つきに励む因を見やる。治と息の合った様子で順調に杵を振っている。

「気の迷いみてえなもんだよ。どうせならちゃんと歳の近いイイ相手見つけろって」

 言って、太郎が見れば、全員が全員しらけたような視線を向けていた。
 若干怖気づくものを感じながら太郎が問えば、楪がせせら笑う。

「……何よ、お前ら」
「いやあ、うん。ナメてるって言ったけどさ、これは教官こそナメてるって」
「ですわね。今回ばかりはゆずが正しいです」

 椛の言葉に皆揃って、うんうん、とわざとらしく頷いてみせる。

「だから、何がだよ?」
「女の子の恋だって、そんなに軽いものじゃないよって話」

 太郎の問いに応じた梓の答は、大きな声でかき消される。

「教官ー! お餅、搗けましたよー!」

 湯気を立ち上らせた大きな餅を両手いっぱいに抱えて、因が走り寄ってくる。
 その表情は、まさしく花咲く笑顔。恋する乙女そのものだった。





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