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短篇集
邪気が無ければいいというものじゃない(アサルトリリィ/灯莉夢)


「むむむ〜〜〜〜……!」

 東京地区、荻窪。まだ日も頂点からわずかに傾いだほどの時間帯、表を歩いていれば首筋にじんわりと汗がにじむかどうか、そんな頃。
 山田太郎がまず目にしたのはベンチに腰かけ、何やら唸る友人の姿だった。

「あっ☆ もー太郎おそーい。ぼく待ちくたびれちゃったよー」
「灯莉、お前ね、いきなり人を呼びつけといて言いたいことはそれだけかっ」

 やや強めのデコピンをくらって、丹羽灯莉は頬を膨らませる。

「ぷうー。いくらぼくだって考えなしに呼び出したりしないよっ。ちゃんと『あ、今くらいなら太郎はヒマだろうなー』って分かってたから呼んだんだし」
「だからって『ちょっと来て!』だけで人が来てくれると思うなよ?」

 事実として暇を持て余していたことを太郎は黙っておくことにした。灯莉は遅いと口を尖らせたが、実際はむしろ早いくらいだったのだ。
 ベンチの空きに腰を下ろし、太郎はわざとらしく息を吐いた。

「で、なんの用だよ?」
「そう、これこれ☆」

 言って、灯莉が差し出したのは一本のビンだった。
 ブルーの涼やかなカラーリング、不規則な凹凸、いささか大柄な飲み口。どこを取っても特徴的なそれは太郎にも覚えのあるものだった。

「ラムネ? どうしたんだよ、それ」
「うん、今日はよく晴れてたから、ぼく、お散歩してたんだ☆ なにかおもしろいもの見つかるかなーって☆」
「相変わらず楽しそうだねお前。それから?」
「どうせだからいつもとは全然違う方の道に行ってみよーって思って、狭くてうねうねしてる路地に入ってみたりしちゃって☆」
「そういう時はすれ違う人にぶつからないようにしろよ? お前すぐに余所見するから。そしたら?」

 問えば、灯莉はラムネを見せつけるように持ち上げた。満面の笑顔は子供のように晴れやかで、輝くようで。

「そしたら! おばあちゃんがやってる駄菓子屋さんがあったんだ☆ ちょっと昔っぽいお菓子とかおもちゃとかがいっぱいあって、すっごーく面白かったよ☆」

 言われて、ようやく太郎は灯莉の横に置かれたビニール袋の正体に得心した。
 きっとその中には、その駄菓子や玩具がこれでもかと詰め込まれているのだろう。きらきらと眼を輝かせながらあれやこれやと掻き集める少女の姿が眼に浮かぶようだった。まるで頬をいっぱいに膨らませるリスのよう。
 だが、まだ本来の疑問は解けていない。会話を続ける。

「ラムネもそこで買ったワケだ」
「うんっ。前に梨璃に飲ませてもらって美味しかったから、また飲みたいなーって思って☆」
「そりゃよかった。その、リリちゃん? にもよろしく言っておいてくれ。……で、それと俺となんの関係があったのよ?」

 ようやくの核心に切り込めば、灯莉は太郎にラムネのビンを手渡した。購入から多少の時間が経っているのだろう、わずかばかり微温くなっていたが、それでも心地良い冷たさが手指に伝わった。
 灯莉が、裏表など何一つない笑顔を見せた。

「太郎、それ開けて☆」

 太郎はもう一度灯莉の額を目掛けてデコピンを叩き込んだ。さっきより強めだ。

「いた〜い……」
「もっと痛がれこんにゃろう。俺はアレか、お前の栓抜きか?」
「だって〜、そのラムネのビー玉固いんだもーん……」
「だもんじゃないよ、だもんじゃ」

 ボヤきながら太郎は受け取ったラムネのビンをまじまじと観察する。
 外見に特段変わった様子は見られない。路地裏の駄菓子屋、と言われればどうしても古びたイメージが連想される。あるいは、このラムネも、その封が固いのも、モノ自体が古いからではと危惧したのだ。念のため、ラベリングされた賞味期限も確認する。問題なかった。

「ねっ太郎! それ開けて☆ 今ならなんと! 中のビー玉をあげちゃうよ☆」
「いらねえかなあ……」

 信じがたいものを見たとばかりに灯莉が大声を上げるのを無視して、太郎はラムネの栓と向き合う。
 凸型の蓋をビンの口にあてがい、手の平を当てる。逆の手でビンをしっかりと握り直して。

「いよぉ――☆」
「いや、そういう掛け声はいいから」

 残念がる灯莉をやはり無視して、ぐいと手の平を押し込む。
 ポン、と軽い音。
 次いで。

「だあっ、たあっ! 出てきたッ!」

 シュワシュワと爽やかな音を立てながら中のラムネが、外の世界へと駆け出すように、口から溢れ出してきた。
 言うまでもなくラムネは炭酸飲料。それを知ってか知らずか、灯莉は他の駄菓子や玩具と共に振り回しながらここまで来たのだろう。
 ならば、栓を開けると同時にこうなるのは道理というもので。

「あっ、ああ! ダメー!」

 慌てて、灯莉はかぶりつくようにラムネに口をつけた。
 ラムネが溢れてきた傍からちゅうちゅうと飲み干していく。それを眺める太郎は、さながら雛の餌付けか、赤ん坊に哺乳瓶をくわえさせてる気分だった。
 氾濫が落ち着いたか、ぷあっ、と灯莉が甘い息を吐いた。

「あ〜〜ノドがちくちくする〜! でもオイシー☆」
「そりゃあよござんした」
「んう、よござん?」
「美味くてよかったなっつってんの」

 得心したか、灯莉は満面の笑みを輝かせる。釣られて、太郎も気の抜けた笑みを見せた。
 くぴくぴと喉を鳴らして灯莉はラムネを味わう。それを見ていて、太郎はあることに気がついた。

「なあ、灯莉」
「うん、なぁに太郎?」
「俺の分は?」

 灯莉は何も返さず、丸々とした瞳を煌かせながら、首をこてんと傾げた。
 数秒を経て。

「ないね☆」
「お前よぉ……!」

 うーん、と灯莉は一つ唸って。

「あっ☆ じゃあ、はい、一口飲んでいいよ☆」

 ビンの飲み口を太郎に向けて差し出した。
 笑顔は無邪気。天真爛漫。一切の悪意なく。間接キスを気にすることもなく。

「――……」

 太郎は、否が応でも顔を赤らめてしまって。どうにか絞り出した返答は。

「び、ビー玉でいい」




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あきゅろす。
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