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短篇集
そんなんじゃない!(BLACKFOX/リリィ夢)

 テレビの液晶が光を発する。
 顔に覚えのあるような気もするアナウンサーが冷静な口調でニュースを読み上げていく。
 にっくきグラズヘイム社に関わるものなら見過ごさずにはいられないが、ほとんどはたいして興味も湧かないような内容だった。

「……ん」

 だから、小さく息を吐いて聞き流す。見ているフリ。
 意識は今自分が全身を預けるソファ、リビングから数歩先。キッチンへとひっそり向けて。

「メリッサ、こんな感じでどうよ?」
「んーと……。うん、いい感じ!」

 調理場には二人が立っている。
 小柄な体躯にふわふわとした髪質の愛らしい少女、メリッサ。
 その隣に立つ青年、友人のタロー。
 リリィ、石動律花、あるいはブラックフォックスであるところの私の友人たち。
 二人はケーキ作りの真っ最中だった。二人、といっても主体となっているのはあくまでメリッサで。タローは材料の撹拌などの力仕事を手伝うだけだ。

『どうした、キッチンをちらちらと。おやつにはまだ早いぞ?』

 と、ソファの傍らから声をかけられる。
 床の上でゆったりと身を休めるのはシェパード、を精巧に模したアニマルドローンのオボロだ。
 すこしそっけなく、私は応える。

「……別に。そんなんじゃないし」
『おや、そうだったか? その割には、な』

 言い回しに不愉快なものを感じてしまう。
 普段は落ち着きを感じさせるオボロの電子音声だが、今この時はすこし違っていた。
 にやにや、にまにま、にたにた。どこかこちらをからかうような感触があった。

「……なによオボロ。言いたいことがあるならハッキリ言ってよね」
『ハッキリねえ』

 やはり曖昧に応えて、オボロが首だけをキッチンに向ける。
 視線の先ではメリッサとタローが分担してケーキの材料を混ぜ合わせている。

『仲睦まじいじゃないか、あの二人は。ああしているとまるで――』

 オボロがわざとらしく言葉を途切れさせる。
 いよいよ不快だ、腹立たしい。すこし声を荒げてでも詰め寄ってやろうとして。

『オボロ、言い方がいやらしいですよ。それではリリィの機嫌を損ねるばかりだ』
『そうだよ、オボロのいじわるー』

 どこからともなく別の電子音声がソファに近づいてきた。
 鷹のアニマルドローン、カスミと。同じくアニマルドローン、モモンガのマダラだ。
 よし、形勢逆転。内心でほくそえむ。このままオボロの態度を突き崩せれば、と。
 しかし期待はあっさりと裏切られた。

『いやなに、リリィ――あの律花が男に嫉妬してるってのが面白くて、ついな』
『気持ちは分かりますけどね。言い方、言い方です』
『リリィも早く告白しちゃえばいいのにねー』
「待った! 待った待った!」

 思わず大声を上げてしまう。
 驚いた顔でこちらに振り向くメリッサたちにジェスチャーで、なんでもない、と告げて。

「いきなりなに言い出すのさ! 私が、なんて!?」
『やきもち、焼いてるんだろ? タローとメリッサに。だからさっきから不貞腐れてて』
「やき……! 違うから、全然、そんなんじゃないし!」

 できるだけ声を小さく――キッチンには聞こえないように――三人に反論すれば。揃ってわざとらしく眼を細められた。
 呆れたようにオボロが言う。

『驚いたな、そこまで強く否定してくるなんて。だって好きなんだろタローのこと?』
「……好きじゃ、ない」
『では、リリィ、タローがガールフレンドを、友人である貴女に紹介してきたとしましょう。どう思いますか?』
「…………別に、どうとも」
『じゃあさじゃあさ、もしもタローが誰かに大怪我を負わされたりしたらリリィはすっごい怒るよね?』
「………………」

 沈黙。知らないアスリートの話題をアナウンサーが淡々と読み上げる。

『好きなんじゃないか』
『好きですよね』
『大好きだよ』
「違うから!!」

 まだ言うか、とばかりにくたびれた仕草を見せるアニマルドローンたち。
 その態度をまた咎めようとして、それより先にオボロが姿勢を正した。
 くつろいだ体勢から首を持ち上げて、背筋を伸ばし、つぶらな瞳と見まごう小型カメラをまっすぐに私へ向けて。

『大丈夫だ、リリィ。応えるかどうかはともかく、タローはお前の気持ちをちゃんと受け止めてくれるさ』

 思いもよらず真剣な言葉にすこし詰まってしまう。
 からかいのない、いつも通りの落ち着いた語調でオボロが続ける。

『お前にはやらなければならないことがある。その道のりは険しく、危険が付きまとう。お前だけじゃない。俺たちやメリッサ、ミアだってそれは同じだ』
「――……」
『だから、タローを巻き込まない。巻き込みたくない。そう考える気持ちは分かる』

 オボロだけじゃない。カスミとマダラも静かに語りかけてくれる。

『ですが、やはりそれは寂しいですよリリィ。私たちは家族なのですから。家族の幸せを願わずにいられない』
『タローと一緒にいることがリリィの幸せなら、僕らはそれを全力で守るよ』

 だから、と。
 三人はそこで言葉を区切った。沈黙。先ほどの時間とはすこし違う、どこか優しい静けさ――。

「さっきからなに騒いでんだ、お前ら?」
「ぴゃっ!」

 突然、不意打ち気味に声をかけられて、口から変な音が出た。
 顔に高まる熱を気取られないようにと念じながら。振り向けばタローがすぐ後ろにいた。

「ぴゃ?」
「……うるさい。なんでもない。別に、騒いでないから」
「そうかい。にしちゃあ顔が赤い感じだ。興奮冷めやらぬってか――あ、って! なんだ、叩くなお前!」

 どうしてそういうところに気づいてしまうのか、こいつは。
 普段はちゃらんぽらんなクセに、ヘンなところばかり鋭くて。
 ……オボロもカスミもマダラも、なにを楽しそうにしているのか。癪なのでもう一回タローを叩いておく。

「もう、ケンカはダメだよ?」
「いいぞメリッサ、もっと言ってやれ!」
「してないよ、そういうのじゃないから」

 同じようにこちらへ歩み寄ってきたメリッサにそっけなく返す。
 ……別に、やきもち焼いたから態度が悪くなったとか。そういうものはない。いつも通りだ。いつもそうだ、私は。
 そこで、エプロンを外したメリッサが出かけの支度を始めているのに気づいた。

「出かけるの?」
「うん。ケーキは今オーブンに入れて、焼きあがるまでに時間があるから。その間にお夕飯の買い物にね」

 なるほど、無駄がない。さすがはメリッサ。
 私は一つ頷いて。

「……で、なんでタローも?」
「荷物持ちだよ。そういうのは男の仕事ってもんだ。……メンドクセーけど」

 ご褒美の夕飯とケーキのためだ、とタローが笑う。どこか子供っぽい笑み。それがすこし眩しくて。

「それじゃあ、ええと、なるべく早めに帰ってくるつもりだけど。もし先にケーキが焼きあがったら出しておいてもらえるかな?」

 分かった、と頷こうとして。
 ――メリッサとタロー、二人が並んで買い物に出かけるところを想像してしまった。さっきのカスミの喩えのせいだ。
 メリッサが不思議そうに小首をかしげる。表情に出てしまったらしい。

『リリィ』

 オボロが小さく呼びかけてくる。
 私は――。

「メリッサ、いい、買い物は私が行ってくる」
「えっ、リリィ?」

 メリッサの返事も聞かず、ぱっとソファから立ち上がって手近な上着を引っ掴む。
 空いた片手は。

「ほら、行くよ荷物持ち」
「あ、俺は行くのな」

 メリッサの荷物持ちはできて私だとできないのか、と言ってやろうとして。やめた。
 ……さすがに、ちょっと、かわいげがない。ような気がする。
 そんなこちらの心情を知ってか知らずか。タローはオボロたちに振り返って。

「お前らは?」
『俺たちはいいよ。あー、なんというか、色々あるんだ、色々』

 タローとメリッサがまた不思議そうな顔をする。
 だから、私は掴んだ手を引いて。

「ほら、行くよっ」
「お、おう」

 後ろ手に、すこし勢いよく玄関のドアを閉じた。
 アニマルドローンの笑い声が三人分、聞こえた気がした。





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