短篇集
Oh, my Sister!(ISAB/ファニール夢)
ファニール・コメットはすでに後へは退けなくなっていた。
カナダ代表候補生、オニール・コメットの双子の姉、専用ISグローバル・メテオダウンの担い手、今をときめく人気アイドルであるところのファニール・コメットは、とにかく退くに退けなくなったのだ。
「わ、わ。ファニール、しちゃうの? ほんとにしちゃうんだ……!」
「――……ッ」
気が散るから黙っていろ、とは口が裂けても言えない。ファニールはオニールを大切に思っているから。
代わりに、両手にありったけの力が込められた。
「痛い、痛い。人の頭つぶす気かお前」
「ちょっと、黙ってて」
ドスの利いた声で告げる正面、ファニールの至近に太郎の顔があった。
互いに向き合うカタチだ。あと一歩、二歩を近づけば接する距離。
どこが、といえば当然――。
二人の横、食い入るように事の推移を見つめるオニールが興奮混じりに言葉を続ける。
「私、誰かがキスしてるところを見るの初めてなんだっ」
太郎の顔を、唇を至近で見つめながら、ファニールはどうしてこんな事態に陥ったのかを努めて冷静に思い返す。
発端はささいなこと。クラスメイトとの歓談だ。
人類を脅かす最新の脅威、絶対天敵=イマージュ・オリジスに対抗するために飛び級でIS学園に編入したコメット姉妹はまだ12歳。必然、クラスメイトといってもみな年上だ。
だから、話す内容は噛み合うようで時折噛み合わない。ある女生徒の学園外にいる恋人、彼氏の話が姉妹にはよく理解できなかったのだ。
そこでオニールが呟いた。
「――キスって、どんな感じなんだろう?」
ファニールは妹に対してやや過保護なところがある。だから、この時も過剰に反応してしまったのだ。
オニールにはまだ早い。ちゃんとした相手を見つけてからにすべき。――あんなの、そんなにいいものじゃない。
これが、余計だった。
「えっ、ファニールはキスしたことあるの!?」
あとは流れるまま。余計な見栄を張ってしまったのもあって、気づけばオニールの前でキスの実演をする運びとなってしまったのだ。
「そこで、なんで、よりによって、あんたが通りがかるのよ……!」
「……正直、流れはいまいちよく掴めてねえんだけど理不尽言われてんのは分かんぞ」
互いの吐息が感じられる程度の距離で、オニールには聞こえないほどの小声でファニールと太郎が言葉を交わす。
内容を知ってか知らずか、横で見ているオニールのボルテージはどんどんと上がっている。愛を囁いているとでも思ったのか。
「もうこの際そのあたりは後でいいわッ。今はこの状況を切り抜ける方が先よ……!」
「具体的には?」
「キスする振りでいいの。触れる直前に横にズラして回避。いいわね?」
ファニールの必死の形相に太郎も思わず頷く。妹の前で尊厳を守らんとする時、姉というのは修羅となるのだ。
いくわよ、と小さな宣言。少しだけ距離が縮まった。
太郎の頭を押さえる小さな両手に一層の力が込められる。整った、愛らしい顔立ちは染め上げたように紅く火照っていた。
近づく。あと数センチ。呼吸が止まる。オニールまで思わず息を呑む。固く、双眸をつむって――。
「やっほー! なにやってんのよ?」
どん、と。突然現れた乱音がファニールの背を軽く叩いた。
軽く、といっても歳若い少女の身体にはそれなりの衝撃。姿勢がわずかなりとも前のめりになってしまうのも無理からぬことだ。
「……なに、どうしたのよ黙っちゃって?」
沈黙が場を占めた。
太郎は呆れたように眼を眇めて苦笑い。オニールはとんでもないものを見てしまったとばかりに口元を押さえている。
ファニールは、何も言わず。ただ顔を紅く、紅く。鮮やかなオレンジの髪色にも負けないくらいに紅くなる。
「ば」
長い沈黙の果てに、ファニールが喉から嗄れた音を搾り出した。
「ばかぁぁあ!!」
全速力で状況を離脱。走行厳禁の廊下をあっという間に走り抜けて、その可憐な姿も見えなくなった。
残された三人は。
「あーあー、やっちった」
「ふあー。ファニール、すごいなー……」
「だからなんなの?」
笑い、嘆息し、小首をかしげる。
太郎はしばらくの間、真っ赤なファニールから徹底的に避けられたとか。
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