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境界線上のホライゾン
焼肉場の見守り者達(ナルゼ夢)


 夜空をぼんやりと仰ぎながら、タロー・山田は武蔵野の通りを歩いていた。
 航空都市艦『武蔵』が黒色の空を切り拓いていく。さわさわとした静けさ。耳を澄ませば、艦が仮想海を引き裂く音の聞こえるような気がした。
 高空を行く『武蔵』は地上に比べて星に近い。手を伸ばせば届くだろうかとタローは指先を上に向けて。

「いやあ。おセンチすぎるぜ」

 独り言。ぶらりと手を落とした。
 苦笑して、タローは視線を前に向ける。目的の明かり、『青雷亭本舗』が見えてきたのだ。

「なんだもう随分やってんな」

 タローが扉をくぐれば、外の静けさが嘘のような騒々しさで店内は満ちていた。
 勝手知ったるアリアダスト教導院三年梅組の一同がそれぞれにテーブルを囲っている。おおよそ三、四人につきテーブルひとつ。テーブルひとつにつき鉄板ひとつだ。

「ハイここおじゃま。いいねえ焼肉かよ」
「ちょっと。そこはマルゴットの席なのだけど」

 手近な空席に腰を下ろしたタローをナルゼが咎める。

「なんだ、トイレか?」
「素直に軽蔑するわ。……配送の方ですこしバタついたみたいで。すぐに来るわよ」
「Jud.、じゃあ来るまでいいだろ。そしたらどくよ。――ペルソナ君が」

 言葉に、相席のバケツヘルムが驚きを示した。同じく相席の直政が呆れの息を吐く。

「遅れて来たにしちゃ態度のでかいヤツさね」
「シャワー浴びてたんだよ。それとも、トレーニングの後の汗持って来いって?」
「常識をそこまで得意げに語られてもね」

 皮肉げなナルゼの言葉も聞き流し、嬉々としてタローは鉄板へと向き合う。大皿を手に取る。
 ネギ、豆腐、にんじん、かぼちゃ……。

「ンだよ肉ねえじゃん」
「直政が食べつくしたのよ」
「ナルゼも食ってたさ」
「おい総長ー! 肉くれ肉!」

 店の奥へと呼びかければ、あいよー、と店主の気の抜けた返事が聞こえた。
 すこしの間を置いて、大皿を高々と掲げた全裸が姿を現した。

「お。なんだよタロー、来んの遅かったじゃんか」
「ちょっとマジメにトレーニングしてたんだよ今日は。だから遅れた。だから肉食わせろ。ほれ」
「Jud.、Jud.。ほいじゃあ一枚目ーっと」

 一枚、二枚。テンポよく全裸が肉を鉄板に敷いていく。
 ジュウという小気味良い音が不思議と食欲を刺激する。タローのみならず、ナルゼも直政もペルソナ君も新たに箸を構え直していた。
 紅白の肉が焦げ付き、色をくすませる。パチパチと油が跳ねる。肉を焼く店主は全裸だった。

「ゥワッチ――!」

 全裸だから、跳ねた油の熱に悶絶する事態に陥った。
 さほど広くない店内にあって全裸は器用にも大きく跳躍し、二、三度の捻転から頭部での着地を豪快に決めた。

「あー、うめえ。肉うめえ。運動した後の腹にしみるわあ……。なんだオイ、ナルゼお前ら食いすぎじゃねえか? もちょっと俺に譲れよ」
「心の狭い男ね。早い者勝ちよ」
「……太るんじゃねえの。あってめっ野菜を押し付けんな野菜を!」
「トーリ君! トーリ君! 大丈夫ですか?」

 悶絶する全裸を他所に肉を食らうクラスメイトたちの向こうから巫女が駆け寄ってきた。
 それを、タローはチラリと窺って。

「……どうした浅間。いつもの芸だぜ。術式でダメージ少ないはずだろ?」
「それは、まあ、そうなんですけど」

 眉尻を下げて浅間は苦笑する。
 その表情は呆れているようで、気を揉むようで。けれど、どこか楽しげで。なにか充実しているようでもあって。
 見る間に立ち直った全裸の素肌を軽くチェックする浅間から皿へ、タローは興味を移した。肉を一切れ、タレを多めに、丸ごと口に放り込む。

「なに、あんた、まだ吹っ切れてないの?」

 それを横目に、ナルゼが皮肉げに笑った。
 顔も視線も向けることなく、タローも口の端を強引に吊り上げる。

「悪いかよ。いいや、悪いか。でも、だ」

 言いながらタローが水のグラスを軽く傾ける。一口。肉とタレの塩気をさっぱりと洗い流す。

「見守る愛ってえの? そういうのがあったっていいじゃねえかよ」
「ストーカーね」
「ハ、言ってろ」
「酔ってんのかい?」

 直政の言葉にタローはわざとらしく手を振って応える。
 振ってから、視線だけを浅間へと向ける。甲斐甲斐しくも全裸の幼馴染の面倒を見る巫女がいる。呆れの言葉をこぼしながら、笑みを見せる女の子がいる。

「俺が好きになったのはさ、あれなんだよ」

 自分に向けられる笑顔よりも、その微笑みの方がまぶしいのだと思った時に己の初恋は人知れず破れたのだとタローは酔い痴れる。

「難儀なやつさねえ」
「玉砕する度胸もないってだけじゃない?」
「Jud.、悪かったよ。ナイトが来たらちゃんと席どくよ。いつもより容赦ねえなお前チキショウ」

 分かればいいのよ、とナルゼはグラスを傾けた。カラン、と内側の氷が透き通った音を鳴らす。
 パチパチと油が跳ねる。音だけなら線香花火みたいだとタローは思った。夏の終わり、夢の終わり。センチすぎる、と胸の内で嘲った。

「なにニヤついてんのよキモいわよ」
「べっつに俺がどんなツラしてようがいいだろうがよ。こっち見んな肉見てろよ肉。ほれ食え、いっぱい食え」

 バツの悪いままにタローは鉄板から肉を取り上げてはナルゼの取り皿に送り出す。
 と、店先の扉が開かれた。来客を告げるベルが鳴る。

「やー、お待たせガッちゃん。やってるねー?」
「と、来たかナイト。配送お疲れ」
「ありがとタロさん。あ、ガッちゃんの隣代わってくれる?」
「Jud.、予約済みだよ」

 もうちょい躊躇え、と捨て台詞を吐きながらタローは別の席を探して立ち上がり、点蔵を押しのけるように男衆のテーブルに自身をねじ込んでいった。
 ナイトはナルゼと肩を寄せ合いながら腰を落ち着ける。

「タロさんとなに話してたの?」
「いつものよ。相変わらず未練がましい男の話」

 あー、とナイトが苦笑する。一部を除いて周知の事実である。
 取り皿に盛られた肉を一切れかじりながら、ナルゼはナイトに問いかける。

「ねえマルゴット」
「なあに?」
「見守る愛って、アリだと思う?」

 自分の分の取り皿と箸とグラスとを揃えつつ、んー、と考えるような音を漏らして。ナイトは口を開いた。

「ぶっちゃけストーカー?」
「やっぱりそうよね」

 ふ、とナルゼも噴き出し、二人で笑う。
 笑いながら、男衆のテーブルへと視線を向ける。タロー・山田の背中だけが見える。顔は窺えない。
 それに安堵して、しかし残念にも思いながら。ナルゼは繰り返しの言葉を吐き捨てた。

「玉砕する度胸もないってことなのよね、やっぱり」

 鉄板に溜まった油が一際大きな音を立てて跳ねる。言葉は、視線の先の背中まで届くことなく落ちていった。







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あきゅろす。
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