境界線上のホライゾン
甘味処の待ち合わせ者(二代夢)
目を覚ます。
心地よい脱力感に全身を慰められている。不思議と瞼が重い。微睡みは甘く、このまま覚醒を拒みたい誘惑に負けそうになる。
二度寝は気持ちのよいものに御座るからな……! などと二代はぼやけた意識で強く思う。
思い返せば父もよく二度寝を試みては鹿角によって強烈に阻まれていた。それはもう強烈に。こう、ガツンと。
「む……、……」
判然としないままの意識で考えて、二代はふと何かに思い当たる。
己はなぜ寝ているのだろう。前後の記憶に欠けている。いつもであれば、今日の夕餉はまた美味で御座った……! などと思い浸りながらの眠りであったろうに、今はそれがない。
疑問を繰り返す。本当に、己は夜に眠りについたのか――。
「いま、なんどきで御座ろう?」
緩慢な手つきで二代は表示枠を開く。
まず、まぶしかった。夜間用の光量を落とした状態ではない、日中通りの明るさを表示枠は放っていた。やはり、夜ではない。
強い決意でもって重い瞼を持ち上げる。やはりまぶしい。思わず眉間に力が入る。
合わない焦点をどうにか合わせて、表示枠に記された時間を確かめる。
「――――しまった」
昼だ。違う、昼過ぎだ。それも違う。今は。
「約束の刻限を過ぎて御座るな?」
ガツン、と頭を強打されたように二代の意識が一気に覚醒した。鹿角に叩き起こされた父もこのような気持ちであっただろうか。
身に着けている衣服を即座に確認。いつも通りだ。これはばっちり。
槍を確認。これもいつも通り。
ならばよし、と住居を飛び出そうとして、一時停止。おそるおそる口元を確認。
「危ないところで御座った……!」
だいぶ豪快によだれを垂らしていた。さすがに、これは、うん、マズい。たぶん。袖口で手早く拭った。よし。
「では!」
二代は窓から勢いよく飛び出した。
玄関からではまだるこしい、もとい遅すぎる。一気に通りへと飛び出し、駆け出す。
「『翔翼』……!」
術式を展開。目的地をめがけて加速を開始する。
尋常ならざる速度とのすれ違いに道行く人々はみな驚きを見せるが、二代は気に留めない。今はそれどころではないのだ。
途中で通りを走るのも非効率と判断し、立ち並ぶ住居や商家の屋根上を行くことにした。
駆けて、駆けて、駆け抜けて。
「お、来たか二代」
待ち合わせ場所に到着して、一気に通り過ぎた。
しまった、と二代はすぐに術式を破砕。反動で吹っ飛んだ。まるで花火のように二代の全身が上空へと打ち上げられる。くるくると身を回して姿勢制御。着地先も調整。よし。
地面を削るように着地する。砂埃を巻き上げてしまうことをすこしばかり申し訳なく思いつつ。
「待たせたに御座るな」
何事もなかったかのように振舞うこととした。
言えば、タロー・山田は軽く埃を払いながら苦笑した。
「30分の遅刻だ。どうした、寝てたか?」
「Jud.、寝ては御座らぬ。ただ少々――ゆるりと心身を休めて御座った」
そりゃ寝てたってんだ、とタローがまた笑う。
駆けた肉体が熱を帯びている。思えば、今日は随分と暖かい。出かける準備を整えながら、窓から差し込む日差しを浴びる内にうたた寝をしてしまっても無理からぬことだろう。二代は一人うなずいた。
切り替える。二代はタローに問いを投げかけた。
「して、今日はどのような目的に御座るか? 拙者、よくよく考えれば何も聞いていなかったで御座る」
「うん、お前メシ食うのに集中してたからな。聞いてねえだろうとは思ってたよ」
言いながら、タローが表示枠を操作する。すぐに二代の表示枠が反応を示した。
……む、通神文がひとつ。タローに御座るな。
着神時刻は待ち合わせをした時刻の5分後だ。改めて申し訳なく思いつつ、表示された広告に眼を通す。
それを読み上げるようにタローが言う。
「新しく甘味処ができたって話だからよ。お前もどうよって」
「Jud.!」
深く考えずに二代は了承を返した。
それから広告を再確認。店名は『最中の王将』。外の皮と中の餡、かなり豊富なバリエーションを用意しているようで好きな組み合わせを楽しめるらしい。つい、ごくりと唾を飲んでしまう。店の略称だろう、『モナ王』というキャッチコピーも不思議と魅力的に感じられた。
「これは、タローの奢りに御座るか?」
「うん、自分の分は自分で出せよ?」
すこし残念。そう感じた直後、二代はぱっと顔を上げた。
ならば。
「では、拙者がタローの分を奢り申そう」
「ほほう。じゃあ俺は?」
「拙者の分を奢ってもらうに御座る」
「そりゃいい、素敵な提案だ。多分お前の方が量めちゃくちゃ食うんだろうなって予想がつかなけりゃもうちょっと希望があったくらいだ」
それでいこう、とタローが快諾した。
二人ともに歩き出す。間食の時間には30分遅れて、けれど具合が悪いとは感じない。
新鮮な甘味が楽しみだからか。いや、あるいは。
「タロー」
「おう、どした」
二人だから、だったか。
「これも"でえと"と言うので御座ろうか」
問えば、タローはまた一つ笑って――――。
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