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境界線上のホライゾン
早朝のイチャつき者(喜美夢)

 眼を覚ます。
 茫とした頭が徐々に輪郭を取り戻していくのが力なく水面を漂うようで心地良い。視力を取り戻した視界に映ったのはすっかりと見慣れた天井だ。
 仰向けのまま軽く笑んで、喜美は昨夜の自分を思い出した。

「フフ、愛されたものねえ」

 今さら恥らう身ではないが、くすぐったいような喜びに身をよじる。
 すれば、毛布がはだけて一糸まとわぬ肌が朝の外気に触れた。未だほのかに湿り気を感じさせる身にはひやりとしみる。
 晴れ切っていないまどろみを抱え直すように毛布をかぶれば、

「へっくし」
「あら」

 すぐ隣からくしゃみが聞こえた。
 タローが同様に毛布をかぶり直している。

「タロー、起きてるかしら?」

 問いかけに応えはない。向けられていた背に画数多めな「愛」だの「舞」だのとなぞってみたが大した反応もなかった。まだ寝ているらしい。
 これ幸いとタローの背に抱きついた。互いの素肌が吸い付くように触れる。
 手を前に回し、背をなぞり、甘く噛んで頬を摺り寄せる。自分の縄張りを主張する猫のように、触れて、触れて、触れる。
 ふと気がつく香りは自分のものだ。昨夜、散々に触れ合って染み付いた匂い。

「シャワー、ちゃんと浴びておかないとミトツダイラがうるさそうねえ」

 時間を確認し、朝の予定を立てながらスキンシップを続ける。いつからか手指どころか全身を密着させてこすりつけるような動きになっていた。
 確かな高まりを感じる。毛布に温まりながら、密着して。もぞもぞと動き続けていれば熱が溜まっていく。触れて、タローと互いの熱を交換する。注ぎ、受け取る。昨夜に優るとも劣らない。

「――でも、足りないわよね」

 動きを止めて顔を寄せる。上から覆いかぶさる体勢だ。自慢の豊かな髪と胸が重力に従って眠るタローにしな垂れかかる。
 タローの耳に唇を触れる。口付け、声を張り上げた。

「起きてタロー、起きなさい。ハリー!」
「……うるせえ」
「タイミングばっちりね、褒めてあげるわ」
「とっくに起きてたっつうの。気持ちよく寝てんのをオモチャにすんな」

 あんだけいじくって起きねえワケねえだろ、とボヤく顔は言葉ほどに苛立ったものではない。からかうような笑い方は楽しんでいるのだろう。
 覆いかぶさる体勢から力を抜いて全身をタローに預ける。胸が潰れて変形するのが少しだけ気持ちいい。
 鼻先が触れ合うかどうかという至近距離で微笑みかければ、期待通りに唇を奪われた。

「ん……」

 一度、二度。ついばむような口付けを何度となく繰り返す。起き抜けの乾燥した唇の感触は悪く、ゆえに舐めるように潤し合う。

「タロー」

 呼べば、それまでとは全く異なり、深く口を重ねられる。口先だけでなく口の端まで食いつかれるような口付けだ。
 その内で互いの舌を絡め合う。ピチャピチャと、朝方には似つかわしくない水音が部屋の静けさに響く。エロくていいわね、と機嫌が一層上向きになった。

「――ハ」

 数十秒に渡る口の性交は酸素不足を理由に終結した。
 離れれば、銀の一線が名残惜しげに互いの唇を結んで、切れた。落ちた銀線はタローの胸の上にラインを引く。

「綺麗にしないと、ね」

 言って、タローの胸に舌を這わせる。銀のラインを回収するように、端からなぞって掬い取った。
 絡み取った銀は一度咀嚼してから飲み干す。

「ん、ご馳走様」
「朝っぱらから飛ばしてんな、お前」
「フフ、だって――眼を覚ましてから何分放ったらかしにされてたと思ってんの? 寂しいと死ぬのよ私」
「まだ眠みいよ。昨夜どんだけヤったと」
「5回ね」
「……元気だねえ、お前」

 言って、タローが笑う。それを見て自分も笑う。
 朝方の空気は静謐だ。まだ世の中に動きがなく、熱がない。ひやりとした空気が細かなやり取りから徐々に熱を高めていく。
 とはいえ。

「ん……」
「ああ、まだちと冷えるな。ほれ、毛布かぶって――なんだよそのポーズ」
「ハグよハグ! ダイレクトに温もりプリーズよ! ほら、ほら、寂しいと死ぬわよ!」
「どんな脅し文句だそりゃ」

 言いながら抱き合う。
 背に回された手指は熱く、抱きかかえる腕も熱く。密着した胸からは心臓の鼓動も感じ取れるようだ。
 ふと、下腹部に何かが触れているのに気がついた。

「あら?」
「いやあ、何度触ってもやらけえもんで」

 タローが腕に力を込めては抜き、また込める。密着の緩急で生じるのは空間的余裕の増減だ。
 胸板に押された乳房が潰れては押し返し、また歪んで跳ね回る。
 緩慢な愛撫に、少しだけ熱が疼いた。

「……まだ時間、あるわよ?」
「いやあ、さすがに今夜のお楽しみってことで。シャワー浴びちまおう」

 上目遣いに甘く囁いてみれば期待は外れて。
 慣れたような流れで横抱き――お姫様だっこ――にされて浴室へ運ばれる。

「仕方ないわねえ」

 一つ息を吐き、今夜の逢瀬に思いを馳せながら、タローに視線を合わせた。
 唇を震わせる。
 ……ねえ、知ってる? 名前を呼ぶって、それだけで幸せなのよ。

「タロー」
「なんだ、喜美」
「おはよう、タロー」
「おう、おはよ」

 夜の熱い一時よりも、こんな何気ない一瞬こそが愛おしい。
 だから、しばらく浴室に籠もっていたせいで一限目の授業に二人揃って遅刻したのも仕方のないことなのだ。きっと、絶対に。





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あきゅろす。
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