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リリカルなのは
X月14日、X人きり(StrikerSティアナ夢)

「はあ、ばれんたいん」
「そ。97番の管理外世界――なのはさんたちの出身世界の風習なんだって」

 日々の職務も終えて、自室で一息をついたタローを訪ねたのはティアナだった。
 その手にはちょこんとラッピングされた小ぶりな袋が握られている。
 ティアナの口から語られる『バレンタイン』なる異境の風習に、タローはふむふむと要領を得ないまま頷く。

「よくは分かんねえが、その、ばれんたいんっつうのはチョコレートを送るイベントなんだな?」
「家族とか友達とか、そういう親しい人にね」

 受け取った袋をすぐさま開くタローに少し呆れつつ、ティアナは説明を続ける。

「なのはさんとフェイトさんに話を聞いてスバルとかキャロがなんか盛り上がっちゃってさ。チョコを作ることになったんだけど、私一人だけ参加しないっていうのも、なんていうか、空気読めてないじゃない?」

 フォワードメンバー、年長、チームワークなどとティアナの並べる言葉を半分聞き流しながら、タローは袋に入っていた小さなハート型をつまみ、口に放り込んだ。
 一度、二度と噛み砕き、舌で転がして吟味する。欠片になったチョコレートは唾液に溶かされて味覚と出会う。
 出た感想は。

「……苦くね?」

 表情を露骨に歪めて、不平を漏らす。
 想像していた甘みはごくわずか。口内を席巻したのは塗りこめるような大人の味わいだった。
 ティアナがこともなげに頷く。

「そりゃそうよ、ビターチョコだもの。苦くて当然でしょ」
「ビター。ビターなあ。俺は、もうちょっとこう、チョコってのは甘いもんだと」
「アンタ、そんなことばっかり言って野菜も食べないわよね。早死にするわよ?」
「それでもチョコレートは甘くあってほしいなあ、俺……」

 呟きながら、タローはチョコレートをまた一つ口に運ぶ。ひどく不服そうに顔をしかめながら、それでも食す口を止めようとはしない。

「……じゃあ、いらない?」
「いや、食うよ。お前が作ってくれたんだろ? じゃあ食う」
「……そ」

 沈黙する。隊舎の一室に言葉はなくなり、ただガサガサと袋を鳴らし、チョコレートを噛む音だけが静かに響く。
 どこか遠くから誰かの話すような声がボヤけて聞こえる。無関係ゆえに、それも沈黙を破るには至らない。
 普段は気にもならない空調のかすかな音が耳に障る。2月の冷やりとした空気が肌をくすぐった。

「……ん」
「どうかした?」

 不意にタローの手が止まる。手に取ったのは最後の一つ。チョコレートを見て、ティアナを見て、またチョコレートを見る。
 何かを思案するような素振りにティアナが小首を傾げた。

「何よ?」
「うん」

 聞いているのかいないのか、要領を得ないタローの応答にティアナがわずかに焦れる。
 食ってかかるように一歩を踏み出し、声を張ろうと口を開いて。

「ちょっとタロー、聞いて――んむ!?」

 カウンター気味に、最後のチョコレートを開いた口に放り込まれた。
 予想外の展開に驚く間に口内のチョコレートはティアナの味覚にビターな味わいを与えていく。引き締めるような苦味の中にほのかな甘味が芳しい。心なしか味見の時より美味しく感じる、暇もなく。

「――ッ」

 直前に一歩を踏み込んだのが絶妙だった。
 タローとティアナ、二人の距離はあと一歩のところまで縮まっていた。タローが一歩を差し返すだけで二人の間に距離はなくなる。
 密着した。

「……ん」
「――、――!」

 濡らすように、唇が触れる。
 タローの片手がティアナの顎を軽く持ち上げて高低差を稼ぐ。反射的に引かれた腰は、いつの間にか回されたもう片方の手で引き戻された。
 己の意思とは無関係に進む状況に驚愕と動揺と羞恥を感じて、ティアナの顔が紅潮する。
 うろたえながらも抗議を叫ぼうとしたティアナがわずかに歯を開いた瞬間、狙い澄ましたようにタローの舌がティアナの口内へ侵入した。紅潮が耳まで広がった。

「ふ」

 空気の抜ける音がした。互いの口が塞がれているために、喘ぐような呼吸が鼻から漏れる。
 タローが身を離す。か細い銀色が二人の唇を一瞬だけ繋いで、すぐに切れた。

「は――」

 息を吹き返したように、ティアナが呼吸を再開する。数秒ぶりに取り込んだ酸素を猛烈に高鳴る心臓が全身へと巡らす。頬の紅潮は引かず、しかし乱れた思考は元の冷静を取り戻しつつあった。
 その口にはもうチョコレートがない。タローの舌に攫われたのだ。
 タローが親指で唇を拭って、言った。

「うん、甘い」
「――ッの、大バカー!」

 絹を裂くような叫びが隊舎に響き、次いで一つの打撃音が鳴った。
 隊舎のどこかである者が肩を跳ねさせ、ある者が振り返り、またある者がチョコレートを喉に詰まらせる。
 しかし、細波のように広がったざわめきは甘く、すぐに溶けて消えてしまう。聞いた誰もが己の時間に戻っていく。無関係ゆえに、小さな夜の静けさは破れない。
 日付が変わるまであと2時間と少し。二人の2月14日はまだ続く――。





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