リリカルなのは
未来会議inおコタ(Innocentレヴィ夢)
「僕の夢? お嫁さんだよ」
冬のグランツ研究所、馴染みの面々がコタツに集まってのんべんだらりと過ごしていた緩やかな一時に、思いがけない爆弾が投下された。
爆弾の名前はレヴィ・ラッセル。
無邪気そのままにはしゃいで生きる自立爆弾に、アミティエもディアーチェもタローも言葉を失った。
「い、意外な答えが返ってきましたね……!」
「う、うむ。いや、レヴィが唐突なことを言うのはいつものことだが」
「つか、嫁さんって。相手いなきゃできねえじゃねえかよ」
「えー、タローがいるじゃん」
第二の爆弾が起爆する。
驚きの余りにキリエがみかんをのどに詰まらせ、シュテルが表情を変えないままにお茶を噴き出し、ユーリがその直撃を受けた。
「……レヴィ、それは、どこまで本気だ?」
「全部だよ? えへへー、僕ね、将来はタローのお嫁さんになるって決めてるんだー」
確認の問いかけをしたディアーチェが信じがたいものを見る眼でタローをにらむ。
タローは無言のまま、横にぶんぶんと首を振った。
やっとの思いでみかんを飲み下したキリエが言葉を作る。
「えーと、レヴィ? 二人って別に付き合ったりしてるワケじゃないわよねん?」
「んー、うん。タローは友達で、まだそういうんじゃないかな」
目配せするキリエにタローが首を縦に振る。
ハンカチで顔を拭ったユーリがおずおずと口を開いた。その頬はほのかに紅く染まっている。
「で、でもレヴィ。結婚って好きな人同士でするものじゃないんですか?」
「僕はタローのこと好きだよ。タローも僕のこと好きだよね?」
タローは矛先を向けられた思いがした。刺さる視線は六人分。返答次第では敵を増やしかねない状況だ。特にディアーチェの視線が厳しい。
流れる汗はコタツの暑いせいだと自らに言い聞かせながら、タローは返答する。
「ダチとしてなら、そりゃあな」
「えへへ、だよねー」
にへら、とレヴィが笑う。愛嬌たっぷりの表情は間違いなく愛らしいと言えるのだろう。
改めて注ぎ直したお茶を一口啜って、今度はシュテルが問いかけた。
「ではレヴィ、なぜタローなのですか?」
「どうしてって?」
「男性の友人知人なら他にもたくさんいるでしょう? 海鳴だけでなく本国にもいます。普段ブレイブデュエルで共に遊ぶ少年たちもです。にも関わらず、このタローを選んだ理由は?」
「やっぱり凄腕デュエリストだからかしら?」
「お前らが言うとイヤミみたいだぞショッププレイヤー」
キリエの言葉にタローが噛み付くのには構わず、レヴィが天井を仰いでしばし考え込む。
皆が皆、言い知れない緊張を感じつつレヴィの言葉を待つ。
少しの後に、レヴィは何かを思いついたような素振りを見せた。
「ね、タロー。みかん取って」
「ん、ほれ」
「剥いて剥いて」
「自分でやれよな……、ほれ」
「あーん」
「ん」
「むぐむぐ。ん……。ほら、タローって優しいでしょ。僕以外にこういうのしてるとこ見たことないし、タローは僕のこと好きなのかなーって」
花の咲くような笑顔のレヴィに、ディアーチェがタローへと気炎を吐いた。
「貴様が甘やかしておるだけではないかああ!」
「え、ウッソこれ俺が悪りいの!?」
「優しいのは良いことですけど余り優しすぎると相手のためになりませんよ?」
「アミタアミタ、それはそれで論点ズレてるわよん」
アミタとキリエを他所に、レヴィがタローの袖を引く。
「えー、僕だけじゃないの?」
「まあ妹みたいなもんっつうかペットっつうか。なんか、コイツってつい手ぇ出したくなるじゃん?」
「あ、それはちょっと分かりますー」
むう、とレヴィが頬を膨らせ、ユーリがそれにおっとりと笑う。
コタツの温もりと同じくらいにゆったりとした空気の横で、ディアーチェがタローへ食ってかかる。
「ええい、貴様という男はッ。優しさもよいがそれだけではいかんだろうが! 締めるべきはしっかりと締めねば。ただでさえレヴィは己のやりたいことばかりを優先する傾向にあるというのにッ」
「はい、サーセン」
「第一、貴様は少しのほほんとしすぎなのだ。今とて当たり前のように我らとコタツを囲んでおる。そのどこにでも溶け込める和の精神は美徳と思うが、時には毅然とした態度を見せてみよ」
「あっはっは、どうすりゃいいんだか」
「笑い事ではないわああ!」
いつにもましてディアーチェの語調に熱が入っているのはレヴィの発言に少なからず動揺しているからか。
それは他の面々も同じだったが、話を重ねるにつれてそれも鎮まりつつあった。
しかし、ここで第三の爆弾をレヴィが起爆する。
「でもさ、みんなもタローのこと好きなんだよね?」
「え」
誰かが凝った声を上げ、誰かが手に持っていたみかんを潰し、また誰かがコタツに隠れた爪先をピンと伸ばした。
一つのみかんがころりとコタツから落ちる。それを慌てて受け止めたアミタが沈黙を破った。
「ええと、レヴィ。どうしてそう思うんです、か?」
「あれ、違うの? タローってば強いし優しいしかっこいいし。みんな好きだと思ってたけど」
「まあ、割と良物件って感じではあるのかしらねえ」
「だが少々優柔不断が過ぎる。やはり男児たるもの甲斐性の一つは感じさせねば」
「で、でも、この前機材を運ぶのを手伝ってくれましたよ。男の人でした」
「あー、そういうのはやっぱりいいですよねえ。力持ちなのは頼りがいがありますッ」
「個人的にはもうちょっと外見にも気をつけてほしいかしら? 下地はアリだと思うし」
「えー、タローは十分かっこいいよー」
女性陣による議論から拳一つ分の距離を取り、タローは意識を遠ざけた。聞いていると恥ずかしいやら空しいやら、針の筵に座っているような気分にされるからだ。
それを察してか、一人だけ議論の輪に入らなかったシュテルが湯呑みにお茶を注いでくれた。
すでに幾度か淹れ直して出涸らし一歩手前の薄味だった。
「実際、タローはレヴィをどう思っているんですか?」
シュテルの声音は小さく、ともすれば議論の声にかき消されてしまいそうだった。
それでもタローの耳にははっきりと聞き取れて、眼を逸らせなかった。静かに見つめる視線には言い知れない力が籠もっている。
タローが一つ吐息する。
「カワイイ、とは思うね。でもアレだ、まだ中坊だ。そういう風には見れねえよ」
「……まあ、そんなところでしょうね」
二人で茶を一口啜り、息をつく。シュテルがほのかに微笑んだ。
「では、レヴィにもちゃんとチャンスはあるようで。そこは何よりです」
「俺としちゃもうちょい、こう、デッカい方がいいんだけども。……シュテルさん、顔、こわい」
「お気になさらず。少し早まった結論を訂正しているだけです」
「タローー!」
突然、二人の会話にレヴィが割って入る。議論の輪から開いていた隙間に身体をねじ込み、タローと密着する姿勢だ。
抱きつくような距離でレヴィがタローの顔を見上げる。
「タロー、タローは僕のこと好きだよね?」
返答を濁すようにタローが頭を撫でてやれば、レヴィはくすぐったげに眼を細めて喜びを表した。
「僕とケッコンしてくれるよね?」
「おー、デカくなったらなー」
レヴィが満面の笑みをこぼした。反面、シュテル周りの空気が険しくなったようにタローには感じられた。
コタツの温度に密着したレヴィの体温が混じってタローの額がわずかに汗ばむ。
女性陣の議論はもう別の話題に変わっていた。グランツ研究所、今日の夕食は寒さを癒すグラタンらしい。
タローはみかんを一欠け、口にほうる。噛み潰して、一歩先の未来へと思いを巡らす。
それは自分が誰と添い遂げるか――ではなく、如何にして夕食の場でのお相伴を許してもらおうかという算段だった。
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