リリカルなのは
近くて遠いガラス越し(StrikerSスバル夢)
時空管理局地上本部、その一角には分煙室がある。
喫煙がもたらす健康被害、副流煙の悪影響は元より、匂いを嫌う声も多く。局内での喫煙はここで行うべし、と設けられたスペースだ。
室内での開放感を与えるために総ガラス張りにされた壁を、タロー・ヤマダは晒し者みたいだとひとりごちる。
ガラスにもたれかかって一つ、気を吐く。浮かんだ紫煙は急かされたように換気口へと消えていった。
「随分と、遠くに行かれちまったもんだ」
ぽつりと呟くタローの左手には一本のタバコ、右手には一部の新聞があった。
広報課が作る局内新聞の一面を飾っているのは空を行く巨大な船、驚天動地の古代兵器だ。
『聖王のゆりかご』『ロストロギア/レリック』『次元犯罪者ジェイル・スカリエッティ』。
そういった単語の飛び交う隅には事件解決の立役者、機動六課の前線隊員の姿があった。
有名な顔、見知らぬ顔。取り取りの顔ぶれの中に馴染みの人間をを見つけて、タローはまた紫煙を吐いた。
「ナカジマにランスター。訓練校ん時からそれなりだったけど、今じゃ奇跡のホープだな」
青髪短髪のスバル・ナカジマ、橙の髪を両端でまとめたティアナ・ランスター。
どちらも陸士訓練校ではタローと同期の生徒だった。
時に快活に、時に真剣に。二人とも、誰より懸命に上を目指す人間だったとタローは回想する。
その視線は不平等に注がれる。橙より青、紙面の中でスバル・ナカジマの緊張した笑顔と眼が合った。
「俺は、まあ、不真面目だったからなあ。はなっから高嶺の花ってやつか」
連鎖して思い出すのは夕暮れの訓練場だ。
一日の訓練を終えて、くたくたの身体に鞭打って寄宿舎に戻る最中、何の気なしに振り返って見た景色がある。
夕暮れの黄色に照らされながら、自主的な練習を続ける青髪の影。
その日の訓練内容を上手くこなせなかったという理由で、疲労し切った身体を必死に動かし続けていた。――自分などより余程上手くやっていたというのに。
それも、一度や二度ではない。幾度となく見た。何度でも見た。
気がつけば眼で追うようになり、訓練中でもつい眼をやることが多かった。
「……そんなだからダメだったんだろうな、俺」
片や同期の出世頭。片や奇跡の卒業と讃えられた落第生。
差が着き過ぎだとタローはくすんだ煙を吐き出した。換気口に消える直前、煙の陰影に焦がれた顔を見た気がした。
「そういや、結局ナカジマにアプローチしなかったんだよなあ」
タローとて考えなかった訳ではない。恋人、というのは訓練生としては大それた望みだが、他より少し親しい関係くらいは望んでいた。
何かをしようと思い、何かを伝えようと思って、いつも止めてしまう。
真剣だった。ひたむきだった。スバル・ナカジマはいつでも努力を続けていた。
同期として交友を結ぶことこそあれ、タローはそれ以上をと踏み込む気にはなれなかった。自分などがそれを邪魔してはいけないと思ったのだ。
だからこそ一層に惹かれ、何もできなかった。
「……ダメすぎねえか、俺」
何となしに頭を抱えたくなった。今、こうして未練を引きずっているという事実がそれに拍車をかける。
共に励む、という選択肢もあったろうに、それすらできなかった。
自分がひどくちっぽけに感じられる。考えれば考えるほどに気分が暗くなる。
「喉、渇いたな」
知らず、ヒリついた喉を潤したくなって、タバコを灰皿に押しつぶす。
新聞を畳んで、背を預けていたガラスの壁を誰かが叩くのに気がついた。
「ったく、何処のバカが――」
『あ、やっぱりタローだ!』
青の短髪、明るい笑顔は疑う余地なくスバル・ナカジマだった。
ガラス越しに伝わる念話の弾むような声もタローの記憶と確かに一致する。
回想が過ぎて幻でも見ているのかと訝しんだタローだったが、すぐに思い直し、急ぎ分煙室を飛び出した。
一歩を出て、目の前。すぐそこにスバルがいた。
「あはは、煙くさいー」
「あ、と、悪りい」
なぜか楽しそうに鼻をつまむスバルに、タローは慌てて制服をはたく。
少しだけ、ボヤけた視界が晴れたような気がした。
「久しぶり、タロー。元気してた?」
「……おう、まあ、それなりにな。お前は、聞くまでもねえか?」
言いながら、タローが手に持った新聞でスバルを軽く叩く。一面が見えるように、だ。
照れ臭そうに笑うスバルに、タローも自然と笑みが浮かんだ。
「ん、でもお前、陸務めだろ。なんで地上本部に?」
「それは、なんていうのかな。社会勉強? なのはさん――上司の人の付き添いでさ」
言って、振り返るスバルの視線の先には戦技教導官の白い制服がいた。
タローでも知っている。不屈のエースオブエース。高町なのは一等空尉が部下の視線に軽く手を振っていた。
「……なんで上司待たせて俺んとこに来てんだよお前は」
「あはは、見つけちゃったら声かけたくなっちゃって。でも、それを言うならタローだって陸でしょ。なんでここに?」
「俺も、まあ、上司の連れだよ。今はお話中だ」
ふうん、とスバルが納得の声を作る。その眼は真っ直ぐにタローの眼を見ている。記憶と何ら違わない仕草にタローはこみ上げるものを感じた。
「会えてよかった。もうちょっと話したいこともあるけど、またね」
だから、さらりと手を振って踵を返したスバルの背に、タローは思わず手を伸ばした。
指先は何に触れることもなく、空を切る。
一歩が離れて。
「ッ、ちょ、タンマ!」
フロアにタローの大声が響いた。
周囲を歩いていた大勢の局員たちがタローへと視線を注ぐ。高町なのはもだ。
振り向いて眼をぱちぱちと瞬かせるスバルを前に、タローは必死に頭を巡らせる。
勢いで呼び止めたが話題がない。時間もない。
何か、今、この降って湧いた奇跡じみた時間を繋ぎ止める何かはないかと探して。
「あ、と」
タローは胸ポケットからペンを取り出し、手に持っていた新聞にペン先を走らせる。
急ぐ余りに一度書き損じて、書き直した一文を千切り取ってスバルの手に握らせた。
「これ、俺のアドレス。その、なんだ。後でお前のアドレス、送ってくれ、たら――嬉しい」
タローの必死に紡ぐ言葉に呆気に取られて、すぐにスバルは笑みを見せた。
「うん、分かった。絶対に送るからね!」
もう一度手を振って去るスバルの背中を、今度こそタローは見送った。
脱力して呆然とする。陸士になってから初めてというくらいに持てる力を使った気さえした。
遠くから、がんばったな、と囃す声が聞こえて。
「――よっし」
タローは小さく拳を握った。
「訓練校で同期だったんです。そこまで仲がいいってほどではなかったんですけど」
「そうなの? わざわざ声をかけに行ったから仲良しなのかなって思ってたんだけど」
「ええと、お世話になったっていうか」
「どういうこと?」
「私が自主練した後に何気なく水を差し入れてくれたり、訓練器具の片付けとかで重いものから片付けてくれたり。そういう気遣いをしてくれる人だったんです」
「へえ、良い子なんだね。最後のは、アドレスもらってたの?」
「はい。なんとなく、お礼を言いそびれてたからラッキーでした」
「そっか。今度は仲良くなれるといいね」
「はい!」
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