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リリカルなのは
7年前の×××(StrikerSキャロ夢)

「あー、寒みい。いやだね冬ってのは。年中夏がいいよ俺は」

 凍っているのかと思うくらいにヒヤリと感じるコンクリートを靴裏で蹴りながらボヤく。
 いや、待て。夏は暑くてそれはそれで死にたくなる。やっぱ春がいい。

「風が染みるね、胸糞悪い。風通し良いのがそんなにお好みかよ、ったく」

 自販機の安っぽい缶コーヒーでせめてもの暖を取りつつ、街中を歩く。
 歩くといっても取り立てて目的地があるワケでもない。目的なら先ほど失ったばかりだからだ。
 歩いて、歩いて、歩いて。一際大きく踏んだ足音ですれ違った少女を怯えさせて。
 たどり着いたのは、なんでもない広場だ。
 中心には高く配された時計。その周囲にはちょうどよく腰掛けられそうなベンチがいくつかあり、それから何やらよく解らない奇っ怪なオブジェが一つ。
 これぞザ・待ち合わせ場所。人で賑わう街の中にこれ見よがしに造られた異空間だ。
 見れば、周囲とは微妙な間を作る人々が点々と佇んでいる。そのどれもが揃えたように端末に視線を落としているのはどこか滑稽にも映った。

「よ、っと」

 そんな空間の一角、たまさか空いていたベンチにどっしりと腰掛ける。
 歩き疲れた、なんてこともないが。わざとらしく足首を回しながらベンチを占有する。
 改めて、コーヒーを一口すする。早くも冷め始めていた。

「――はあ。どうっすかな、オイ」

 一つ嘆息。コーヒーの苦味が巻き戻ったように舌の上でよみがえる。
 寒空の下をいつまでもうろつくつもりもない。かといって、思いつくのは。

「映画でも見るか、酒でも呷るか、大人しく帰るか……。ロクな選択肢じゃねえな」

 相手がいなくなった直後に独り寂しく映画鑑賞なんざしたくない。
 ヤケ酒も決して悪くないが太陽はまだ頂点を過ぎてからさほど経っていない。さすがに少々早すぎる。
 帰宅は、それこそ負け犬だ。

「ホント、どうする――か?」

 何か、何かが聴こえた。
 形容しがたい音、いや、声だ。聞き慣れないものだから耳に留まり、聞き慣れないからこそ何と喩える術もない。
 それでも強いて言い表すとするならば。

「きゅくるー」

 まただ。また聴こえた。きゅくるー、だ。
 自然の音ではない。電子音とも思えない。何かの鳴き声、もちろん人間ではない。

「近く、つってもそれっぽいのは……」
「きゅくるー」
「ほら、また。右、いない。左、いない。前も後ろも上も下も――下?」

 八方を確認して、足元。座っている自分からは死角となっているベンチの下を覗き込めば。

「……なんだ、お前?」
「きゅくるー」

 白い何かがいた。
 毛は生えていない。純白の表皮が無色ながら鮮やかだ。手の代わりに全身を包めるほどの両翼。脚は小さい。小柄な牙。鼻先にちょこんと伸びた角がむしろ可愛らしい。

「おい、ちょっとお前、こっち来い。ほら」
「きゅう?」

 呼びかければ、それはくりんと首を傾げた。言葉は通じている様子だ。

「あー、ほら、そこで丸まられても俺が落ちつかねえの。ほれ、来い」

 氷のようなアスファルトをコンコンと叩いておびき出す。
 それが功を奏したか、白色がのそのそとベンチの下が這い出てきた。

「お、来たな――、なんだ、お前?」

 出てきたそれを丁寧に持ち上げる。暴れるかとおっかなびっくりだったが、意外に大人しい。人に慣れているのだろうか。

「羽、牙、角。なんつうんだ、こういうの。……あー、つまり、アレだ」

 なんだか言葉にするのが憚られる。ガキの頃に遊んだバーチャルゲーム以来の用語だ。
 現実にそういうものが存在することは分かっているが。口に出すのはなんとも言えず気恥ずかしい。

「……ドラゴン?」
「きゅくるー!」

 言えば、元気一杯に白竜が鳴いた。正解らしい。
 とりあえず膝の上にのせて背を撫でる。なめらかな手触りがなかなかどうして心地良い。
 すれば、白竜も気持ち良さげに眼を細めた。

「ここか? ここがいいんか?」
「きゅくるー♪」

 ひとしきり撫で回してから平静を取り戻す。今の自分を傍から見れば、謎の生物と独り戯れる胡乱な男だと気がついたからだ。端末に視線を落としている方がマシだろう。
 少々の羞恥を噛み締めつつ、白竜に問いかける。

「ええと、なんだ。お前はどっから来たのよ。そこらのペットって風でもねえだろ?」
「きゅくるー……」

 聞けば、白竜が寂しげにうなだれる。
 ドラゴンなんてそうそうお目にかかるものでもない。街中のペットショップにもいないだろう。そもそも人に飼えるものなのか。

「妙になつっこいし。あー、アレだ。魔導師の、使い魔とかってアレか?」
「きゅう、きゅう」

 そうだ、と頷く白竜。首周りを撫でてやる。

「やっぱそうなのか。つっても、ご主人様と一緒の感じじゃねえし。……ははあ、さてはハグれたな?」
「……きゅくるー」

 また、うなだれた。当たりらしい。
 ドラゴンといえど独りでいることはやはり心細いのか。さほど大きくもない身体が余計に小さく見える。

「なるほどねえ。お前も独りか」

 感じたのは奇妙な共感だ。
 隣にいるべき誰かのいない喪失感、決定的な何かが欠け落ちた空虚さ。独りというのはどうしようもなく心許ないもので。
 先よりもすこし優しく首周りを撫でてやる。

「俺もな、ついさっきドタキャンされてなあ。分かるか、ドタキャン? やっぱ無理ってな」
「きゅう?」
「ハ、分かんねえか。女に逃げられたって話だ。どうにもなあ」

 言って、缶コーヒーの最後の一口を飲み干してしまう。ベンチの上に缶を置くと、白竜がそちらに鼻先を向けた。

「悪いな、もう空だ。……舐めるか?」
「きゅくるー」

 うってかわって陽気な声を上げた白竜が缶に口を付ける。

「竜ってコーヒー舐めていいのか? 犬にチョコみたいな……。まあ、いいのか」
「きゅう」
「あーあー、汚えな。白いからコーヒー目立つぜ、お前」

 口周りをハンカチで手早く拭いてやる。子供の面倒でも見ているようだ。

「……面倒、面倒か。やることもねえしなあ。お前のご主人様でも見つけるか?」
「きゅう、きゅくるー!」
「そっかよ。じゃ、そうするか」

 白竜を抱きかかえて立ち上がる。空き缶はクズ籠に。さっさと広場を後にする。
 ドラゴンと会話する怪しいヤツ、という視線から逃れたかったワケではない。決してない。

「よう、シロスケ。ご主人様はどんなんだよ?」
「きゅう、きゅう、きゅくるー」
「はは、全然分かんねや」

 両翼を一杯に広げる様が可愛らしく、それでいて腕の中でやられると鬱陶しい。
 白竜の飼い主は大人なのか、子供なのか。男か女か。分からないままに街を歩く。
 歩きつつ、すれ違う人の様子を窺う。前を向いている者、下を向いている者、隣人と談笑する者、余裕なく早足な者。ハグレた使い魔を探していそうな者は見当たらない。

「……美人さんだと嬉しいんだけどな。こう、ささやかな出会いから何かが始まる感じで」
「きゅくるー……」

 愛らしい鳴き声はどこか呆れているようにも聞こえた。
 なんだよ、別にいいじゃねえか。さっきコーヒー舐めさせてやったろ。

「――きゅう!」

 街中を歩くこと十余分。不意に白竜が頭を上げた。鼻先をヒクつかせて周囲を窺う。

「お、近いかシロスケ!」
「きゅう、きゅくるー!」

 どっちだ、どっちだと期待が高まる中で。

「――フリード!」

 聞こえてきたのは女の子の声だった。

「! きゅくるー!」

 応じて、白竜が一際甲高い声を上げた。
 翼を広げて腕の中から飛び出す行く先は、桃色の少女の胸元だ。

「もう、フリード! どこに行ってたの?!」
「きゅう、きゅくるー!」

 固く抱き合う一人と一匹。涙ながらの再会劇を見て思うのは。

「ちびっこい、か」

 飼い主が少女であることへの落胆だ。最悪、オッサンよりはマシだったと思い直す。

「――ハ、ご主人様が見つかってよかったな、シロスケ……じゃねえ。なあ、コイツなんつうんだい?」
「え、ええと、この子はフリード、フリードリヒっていって……」

 フリードという名前を教えてくれた少女は、そこでようやく俺のことに思い至ったようで。
 桃色がわたわたと慌てて頭を下げる。同時に服の裾などを気にかけるのが可愛らしい。

「あ、わ。フリードのこと見つけてくれてたんですね。ありがとうございます! この子、いきなりいなくなっちゃって」
「はは、やっぱりか。再会できて何よりだよ」

 できるだけさわやかな笑みを浮かべてみせる。子どもには優しくしてやるべきだろう。

「よう、フリード。ご主人様に会えてよかったな。俺にも感謝しろよ?」
「きゅくるー」
「あ、もうフリードと仲良しなんですね!」
「おう、すっかり友達だ。なあ、フリード?」

 また、フリードが大きく鳴いた。その傍らで少女が通信を開く。

「あ、エリオくん。うん、フリード見つかったよ! お兄さんが見つけてくれてて、うん」

 ひとしきりの報告を済ませた少女が改めてこちらに向き直る。
 同年代と比べても少々小柄だろうか。ちょこんとした愛らしさは小動物を彷彿させる。
 勢いよく下げた頭が桃色の髪をさわやかに揺らした。

「わたし、キャロ・ル・ルシエっていいます! こっちは飛竜のフリードリヒ。ええと、お兄さんは……」
「タローだ。タロー・ヤマダ。よろしく、可愛いお嬢ちゃん」

 言って、できるだけ優しく手を取ってみせる。ウインクはサービスだ。
 すれば。

「――あ、うぅ」

 少女、キャロが所在なさげに目線を泳がせた。頬もほんのりと染まっている。
 フリードがきゅくるー、と鳴いた。

「え、えと。よ、よろしくお願いします」

 軽く握手をかわして。話題が尽きた。
 そもそも偶然出会っただけの間柄なのだ。話を広げる余地もない。
 これからは気をつけて、と一言残して去ってしまえばよかったのだが、挨拶に応えて名乗ってしまった手前、別れを告げるタイミングも見失ってしまった。

「ひゃん」

 そんな沈黙を笑うように、一際強く寒風が抜けた。その冷たさにキャロもフリードも身を縮める。
 冬の乾いた空を見上げて。そもそもから目的を失っていたのだと思い直す。

「なら、何やってもいいか」

 こちらのこぼした言葉に小首を傾げる一人と一匹に、改めて笑いかける。キャロがふいと視線を逸らした。

「なんかあったかいもんでも食うか。付き合いついでだ。お前らと、さっきのエリオくんとやらも一緒にどうだ?」

 そうして同じ時間を過ごしたのが始まりの日。
 身を震わせるほどの寒さになると思い出す。凍っているのかと思うほどに冷えたアスファルトを踏むと思い出す。
 いつまで経っても小柄なままの、桃色の彼女との馴れ初めの思い出――。





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あきゅろす。
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