リリカルなのは
Aちゃんが目的地Sにつくまでに楽しむ冬の日数を求めよ(Innocentアリシア夢)
「タロー〜!」
「おっと」
背後から襲ってきた不意の衝撃は軽いものだった。
名を呼ぶ声は無邪気に軽やか。視界の下、端の端にチラリとのぞいたのは金糸の髪だ。振り返るまでもなく、襲撃犯の背丈は小さい。
巷で話題を呼びつつあるブレイブデュエルを始めてからは小さな友人も増えた我が身だが、これらの条件に当てはまる相手はそう多くない。
「いきなりなんだ、アリシア」
呼べば、小柄な影がくるりと横に回った。金の髪を全身で揺らす、アリシア・テスタロッサだ。
アリシアが笑みを向ける。
「もう、私とタローの仲なんだから。抱き合うくらいフツーじゃない?」
「……どこで覚えてくんだ、そういうの?」
抱きつかれたのは事実だが、抱き返していないし抱き合った覚えもない。
仮に、してやった日には俺はT&Hに行けなくなるだろう。あそこには愛娘たちを愛して止まない母親店長がいるのだ。
『通学路』と書かれた電柱を横目に、並んで歩くアリシアの小さな歩幅に合わせてやると、手を取られた。
「ぬくぬくさんだ〜」
「俺はお前の暖房かよ」
「愛情ファンヒーター!」
愛情の部分を念入りに否定すればアリシアはぷりぷりと怒る、ふりをした。
小動物的というか何というか。妹のフェイトは小さく繊細という意味でそんな感じだが、アリシアは落ち着きなく動き回るという点でまさしく小動物のようだと思う。
そこがかわいらしい、とは言わないでおく。調子づかれると面倒だからだ。
考えていると、吹き抜けた風にぶるりと震えさせられた。
「ああ、今日は寒みいな」
「でしょー。だから、こうやって」
アリシアが繋いだ手を深く握り直す。小さな手は確かに冷え切っていた。
「タローは手があったかくて冬にはいいよね〜」
「手があったけえヤツは心が冷てえんだよ」
「またまた〜」
呆れています、と主張する代わりにこれでもかと大きく溜息を吐いてみせる。
白く染まった息が薄れて消えるのを眺めながら、素朴な疑問をぶつけてみた。
「なんで手袋してねえんだよ?」
「あー、間違って洗濯しちゃったみたいで。今日は、ほら、朝からちょっとバタバタしてたから」
今日といえばブレイブデュエルの大規模イベント、その初日だ。この身、この脚もそれを目当てにショップを目指していたところ。
なるほど、その準備に追われていたというのも理解できる話だ。
「朝はフェイトと一緒だったから――こう、こうやって」
言いながら、アリシアは全身を大きく使って何かを表現しようとする。
手を繋ぎ、反対の手同士でフェイトの手袋を分け合った、と。そんなところだろう、多分。
「今は?」
「6年生と4年生じゃ時間割とか違うし。私、6年生だからね!」
自分が年長だと強調する背丈は妹より低い。がんばれ、牛乳飲め。お兄さんは応援だけしてるぞチビっ子。
「そこに俺がいたと」
「あったかくてタロー好き〜」
「俺は貴重な体温を奪っていくようなヤツは好きじゃねえなあ」
二人して乾いた笑いをぶつけ合う。それもすぐに腹からの笑いに変わった。馬鹿げたやり取りがどうにも可笑しい。
勢いそのまま、アリシアが全身で俺の腕を掴んできた。
「歩きにくい」
「もう、そこは『あったかいよ、ハニー』的な感じで!」
「ハ、100年早えよ――つねんな痛えから、くすぐんな気持ち悪りいから」
軽く腕を振ったくらいでは離れなかった。仕方ないからそのまま歩くことにする。
「タローはさ」
低い背にしがみつかれては背が緩く曲がり、視線がどうにも下向きになる。
投げかけられた言葉に少し視線を傾ければすぐそこにアリシアの大きな瞳があった。
珍しいことに小さく口を開いて、アリシアが続ける。
「私――と、フェイトだと。どっちが好き?」
「そういう話するには10年早えよ――人の腕で雑巾絞りすんな痛えから」
力一杯に俺の腕をアリシアが捻る。実はたいして痛くもない。まだ、小学生だ。
「もー、タローは! もー……、もー!」
たっぷりと頬を膨らませたアリシアが腕を離し、金髪を揺らしながら足早に距離を取って。
すぐに戻ってきた。
「……しゃむい」
「だろうなあ。ほら、もっとくっつけ湯たんぽ」
「湯たんぽって?」
「……おい、マジか」
大人しく腕にしがみつく様子はなかなか可愛らしい。絶対に言ってやらないが。
さっきまで頬を膨らせていたのが嘘のよう。にこやかに笑みを浮かべるのは小動物というより、むしろ赤ん坊にも見えるかもしれない。
「えへへ〜」
「ったく、そんなにあったけえのが良いなら二度と手袋洗っちまったなんて、すんじゃねえぞ?」
言えば、アリシアがきょとんと黙り込む。
どうした、と覗き込めば。
「手袋がなければ、堂々とタローとくっつけるってことかな、これ」
「寝言は寝て言え」
「むー、タローは私とくっつくの、イヤ?」
「5年早えよ」
アリシアは何もしてこなかった。てっきり、つねるなりくすぐるなりがあると思っていたのだが。
見れば、色々と混ざり合ったような曖昧な表情で。寒さのためか、それ以外か。頬がほんのりと紅くなっていた。
「5年なら、そんなに遠くない、かな?」
「1000年早え」
一際甲高く、抗議の声が上がった。静かな冬の空気にはよく通る。
小さな少女。
大人になるまで、越すべき冬はあと何度――。
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