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リリカルなのは
ずるいこだれだ(A'sはやて夢)

「ごめんな、おまたせー」

 校門横、『私立聖祥大附属中学校』と刻まれたプレートをぼんやりと眺めていれば待ち望んだ声が聞こえた。
 ぱたぱたという足音が近づく。振り向けば、はやてが申し訳なさそうな笑みを浮かべていた。

「あはは、ちょっこしアリサちゃんに捕まってしもてな?」
「またからかわれたのか?」

 頬を掻きながらの曖昧な笑顔に、つい、こちらの頬も緩む。それだけで顔に少しの熱を感じてしまう。
 顔から注意を逸らそうとするように、はやてへ手を差し出した。

「ほれ」
「ん」

 頷いて、指先を軽く引っ掛けられる。こちらとしては手を繋ぐつもりだったのだけれど。
 そう思った瞬間、手を取られた。
 不意を突かれたというのか、ついドキリとさせられる。

「えへへ、こうでもせんとタローくん、クールやからな」
「……なんだそりゃ」

 悪戯が成功した、とばかりにはやてが笑う。
 それが無性にくやしくて。

「わわ、い、いきなり歩き出したらびっくりしてまうやん」
「転びたくねえんならしっかりと掴まっとくんだな」

 言って、繋いだ手を固く握り返す。瞬間、はやてがびくりと肩を跳ねさせるのが伝わった。

「……むー。なんや、タローくんはズルいってわたしは時々思うんよ」
「なんだよズルいって」

 二人並んで歩きながら、はやてが考える素振りを見せる。指先を唇に当てた仕草がかわいらしい。

「普段あんましゃべらんのに、なんというか、ここぞッていうところで……ズルい」
「余計に意味がわからねえ」
「ほら、こないだの体育祭とか」

 体育祭。
 その言葉をきっかけに記憶を引っ張り出す。つい先週のこと。いくつかの競技に出て勝ったり負けたり。はやての持ってきてくれた弁当は美味かったが、横でバニングスがからかってくるのが鬱陶しかった。
 一体自分の何がズルかったというのか。皆目見当もつかない。少なくとも競技中に反則はしていない。
 横を歩くはやてに振り返る。

「なんかやったか?」
「……借り物競走」
「ああ、はやてを連れてったやつか」

 借り物競走のルールは単純。コース途中に置かれたカードを拾い、そこに書かれた何かを観客席で借りてきてからゴールを目指す。
 至って一般的な競技だ。ズルいの意味がますます分からない。
 はやてが、かわいらしく唇を尖らせた。

「借り物、恋人だったんやろ?」
「ああ。だからお前を探したんだけど」
「……あとでみんなにすごくからかわれた」
「暇か、バニングスも高町もハラオウンも月村も」
「あ、フェイトちゃんはなんにも言うとらんよ」

 さすがはハラオウンだ。良い子偏差値が違う。バニングスはその内いっぺん文句言ってやる。たまに高町も負けてない。
 そこまで考えて、思わず首を傾げた。

「それのどこがズルいんだよ?」
「そういう分かってへんとこがズルいんやって」
「……意味がわからん」

 ある種の理不尽さえ感じる。とりあえず抵抗の意思を込めて握る手をもう少し固くする。
 すれば、はやてがこちらの身体をぽかぽかと叩き始めた。

「もー、もー!」
「いてッ、やめろ叩くなやめろっての!」
「ズルいズルい! タローくんはズルいんやー!」

 痛い、といっても本当に痛いわけじゃない。拒絶の意味合いでそう言っているだけだ。
 実際としては小動物の甘噛みというか。ただただかわいらしい。
 すれ違う小学生にはぼんやりと眺められ、品の良さそうな奥様からはあらあらと微笑まれる。あ、やべえ。これ思った以上に恥ずいぞ。

「ほ、ほら、ちゃんと歩けって」
「むー……」

 わずかに赤らめながら頬を膨らす様子は本当に小動物みたいで、つい笑いそうになる。しかし、そこはぐっと飲み込んでおく。
 代わり、とは少し違うが。こちらからも思ったことを言わせてもらうとする。

「ズルいズルいって言うけどよ、はやてだって負けちゃいねえ」
「わたし?」

 身長差からこちらを覗き込むように小首を傾げるはやて。そういうところだ。

「体育祭の時の弁当」
「お弁当」

 鸚鵡返しにされた言葉へ頷く。
 ええと、と前置きして、はやてはその時の品目を指折り数え始める。

「梅のおにぎりに卵焼き、一口唐揚げ、プチトマト、アスパラのサラダ。それから……?」
「フルーツミックス」
「ああ、せやったね」

 出来合いのものは一切ない。総てはやての手作りだ。正直、嬉しいなんてものじゃなかった。
 一つ頷いて、はやては改めて首を傾げた。

「それの何がズルいん?」
「……からかわれたのは俺も同じってこった」

 彼女からの手作り弁当。他の連中からすれば羨ましいやら妬ましいやらということだ。
 クラスの男子のみならず女子までが幸せ者だなんだと囃し立てる始末。もちろん、弁当をもらえた嬉しさの方が断然勝ったけれど。

「はやてだって、十分ズリいよ」

 また少し、握った手に力が入る。繋いだまま離さないように、離したくないのだと。
 言って、言い終えて。ようやく恥ずかしさが込み上げてきた。
 そう大したことではないけれど、なんだかものすごく恥ずかしい会話をしているような気がしてきた。
 きゅ、と握った手が優しく握り返された。

「じゃあ、ズルっ子同士やね」

 言うはやては笑顔だ。ほんのりと赤らめた表情が堪らなく愛おしい。
 なんとなく直視していられず、つい、眼を逸らしてしまった。

「あ、なんで眼ぇ逸らすん?」
「……いいだろ別に」
「むー。やっぱりタローくんの方がズルっ子や」

 言葉とは裏腹に、やっぱりはやては微笑んでいて。
 この子が自分の彼女である事実に。今、付き合えている事実に思い切りガッツポーズしたくなった。
 自分だけに向けてもらえる笑顔が何より好きで。

「……どっか寄ってくか」
「寄り道はいかんよー?」

 繋いだ手に引き止めるような抵抗はない。
 多分、はやてよりも自分の方がズルいだろう。心からそう思う。

「あ、でも」

 なぜなら。

「放課後デート、っていうのもええかも」

 はやてを独り占めできるのだから。自分ほどズルい人間は、きっといない。






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あきゅろす。
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