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リリカルなのは
俄かに降ればどうなるか(Innocentシュテル夢)

「あーあー、濡れちまって、まあ」

 ボヤきながら、ずぶ濡れになった猫の毛を乱雑にタオルで拭いていく。一匹、二匹、三匹――。何匹いんだコイツら。

「突然でしたからね。少しもすれば止みそうではありますが……」

 対して、シュテルは一匹ずつ丁寧に毛並みを整えている。順番待ちの猫が心なしかシュテルに寄っている気がする。

「あ! テメエそこの三毛! 今こっち見てなんか馬鹿にしやがったなテメエ!」
「猫相手に何をムキになっているんですかタロー」
「にゃあ」

 シュテルのみならずシュテゆ――チヴィットのシュテゆ・ザ・キャット――までじとりとした視線をこちらに向けてくる。
 何か言い返そうと思って、何も思いつかなかったから猫を拭く作業に戻った。テメエ、三毛。今度エサやる機会があったらテメエだけ量減らしてやっかんな。
 三匹拭いて濡れたタオルをシュテゆが寄越した綺麗なものと交換する。

「しかし、まあ。今年の夏は雨が多いね」
「ええ、まさに冷夏といったところでしょうか。ちゃんと拭いてあげないと風邪をひいてしまいますね」

 言って、タオル越しに猫を撫でるシュテルの指先に少しだけ力が籠もる。
 空は曇天、地に豪雨。場所はグランツ研究所のロビーの隅。オレとシュテルはにわか雨に降られた猫たちを乾かしてやっていた。
 窓越しに空を見上げて、溜息が出る。雨が嫌いとまでは言わないが、こうまで好き勝手に降られるとなんとも言えず腹が立つ。
 具体的には、急に降られて帰れない。

「止まなかったらどうっすかなあ?」
「貸し出しの傘ならありますよ」
「……一応聞くけどよ、なんであんだよ?」
「基本的には職員用のものです。ディアーチェが用意しました。今はブレイブデュエルを遊びに来てくれた人たちのために。年齢別に五段階の大きさを揃えています」
「わぁお、至れり尽くせり。お前らのそういうとこ、オレ尊敬するぜ」

 ディアーチェの行いを褒めたからか、シュテルが乏しい表情を満足げに少し崩した。
 拭き終えた黒猫を解放する。一度こちらをじっと見つめたソイツは、にゃあ、と一つ鳴いて他の乾いた猫たちに合流していった。
 シュテルが、また少し口角を持ち上げた。

「お礼でしょうか」
「どうかね。おい、次来い次。そこの太っちょ。お前でいいや」
「あ、タロー。その子は――」

 シュテルの制止は一瞬だけ間に合わなかった。

「痛ッてえ!」
「すこし気が難しくて、……遅かったですね」

 鋭い爪でロビーの床をチャカチャカと鳴らしながらデブ猫がオレから距離を取る。シュテルに寄ったワケでもない。
 ――俺様の毛に触れさせてなるものか、愚かな人間共め。
 ふてぶてしい両目がそう語っている、ような気がした。違う。それどころじゃない。

「シュテゆ、救急箱を。場所は分かりますね?」
「にゃあ!」
「血は、出てはいますがそこまでひどくもありませんね。タロー、指をはそのまま、持ち上げなくていいです。タオルを下に、血は流れてきたものだけ拭いてください」

 テキパキと動くシュテルになぜだか圧倒されてしまい、つい言われるがままになる。正直を言うと、そんなに痛くもないのだけれど。

「タロー、今、そんなに大袈裟にしなくともと思いましたね?」

 バレた。さてはエスパーか。

「タローは単純なので分かりやすいだけです。いえ、そうではなく。猫に引っかかれると細菌が入って思わぬ症状を起こす可能性があります。心配しすぎて損をすることもありませんよ」
「……おう」

 至極真面目な視線を真っ直ぐに向けられては押し黙るより他にない。
 ロビーの床を汚さないように真っ白なタオルを紅く染める。血の匂いに興奮したか、声を上げて鳴き出した猫たちをシュテルが遠ざける。
 終始シュテルに任せきりだったが、その不安げな眼が何とも言えず申し訳なくなる。デブ猫は、知らぬ存ぜぬとそっぽを向いていた。

「にゃあ」

 シュテゆが救急箱を全身で抱えて帰還する。よくやった、とシュテルが受け取りながら頭を撫でてやれば、シュテゆはくすぐったそうに眼を細めた。
 そこからの流れは淀みなく。止まりつつあった血を拭い取り、消毒液を吹きかけ、ガーゼを当てて包帯を巻く。
 巻かれた包帯を一つ優しく叩いて、シュテルがようやく表情を緩めてくれた。

「――はい、これで大丈夫です」
「お、おー。すっげえ、早え。なんだお前、すっげえの」
「昔からよくレヴィの手当てをしていましたから」

 ああ、と納得する。確かにあのノンブレーキ娘は生傷が絶えなさそうだ。小さい頃ならなおのこと。
 試しに包帯の巻かれた手を軽く振る。薄れた痛みと手厚い包帯をすこし窮屈に感じるが、動かす分にはまったく問題なさそうだ。

「タロー、あまり無理に動かすのは」
「大丈夫だって、しっかりしてるよ。サンキュサンキュ」

 グー、パーと手を二、三度閉じては開く。シュテルの訝しげな視線を受け止めながら、振り向いた。

「うしッ、じゃあやるか」
「やる、とは。タロー、何を?」

 決まってら、と手を振って。相変わらずそっぽを向いたデブ猫を指差す。反対の手には、美しいくらいに真っ白なタオルを握った。
 一歩、二歩、三歩。と、音なく近づいて。

「取ったりー!」

 ふぎゃあ、と不細工な声を上げてデブ猫が抵抗するも、手足を全部使って動きを封じてやる。

「はっはあ! 人間様に逆らうんじゃねえぞ太っちょコノヤロウ!」

 暴れるデブ猫をタオルで上からガシガシと拭いてやる。爪と牙には気をつけつつ、全身の水気を隈なく吸い取っていく。
 眼には眼を、歯には歯を。やられたのならやり返す。

「猫の分際でオレに逆らってんじゃねえよ。ほれ、一丁上がりだ」

 拭くだけ拭いて、ほうるようにデブ猫を解放してやる。
 てて、と距離を取ったデブ猫は据わった眼でオレを睨んで、しかし、飛びかかってはこなかった。
 にゃあ、とドスの利いた声を吐き捨て、乱雑に拭かれてボサボサの毛並みを不細工に揺らしながら他の猫たちに混ざっていった。
 グッと拳を握る。

「勝った……!」
「――何がですか」

 声に振り返れば、シュテルがこちらを睨んでいた。静かに怒気を湛えた両目が昏く燃えている。猫くらいなら一睨みで殺せそうだ。

「……どしたよ、そんな眼ぇして。モテねえぞ、カワイイのに」
「タロー、そこに、座りなさい」

 気迫に負けて、つい正座をしてしまった。一応、ご機嫌取りに褒めてみたのだが効果はなかったらしい。
 応じて、シュテルが正面に正座する。そして、向き合う俺たちの間にシュテゆが陣取る。シュテゆから見て右手がシュテル、左手がオレだ。

「にゃ」

 シュテゆが右手を上げる。シュテルの番ということらしい。シュテルが、こほん、と咳払いをして。

「まず、猫に乱暴をしてはいけません」
「あ、そっちから?」
「にゃあ」

 シュテゆが左手を下に向けた。まだ黙ってろ、ということか。

「ただでさえケガをしているのです。その上にケガを増やすようなことをしてどうするつもりですか」
「男には退けねえ時があんだよ」
「知りません」
「バッサリだなオイ」
「にゃあ」

 シュテゆが左手を下に向けた。黙ってろ、ということか。

「タローは落ち着きがないのです。いつまでも子供のよう。目上の方が歳相応でいてくれないとレヴィの成長にもよろしくありません」
「少年の心を失いたくはねえなあ」
「知りません」
「バッサリだなオイ」
「にゃあ」

 シュテゆが右手を上げた。一本、ということか。

「おい、チビシュテル。お前、オレに味方する気あんのかよ。あっ、明後日向きやがった! さては審判でもなんでもねえなテメエ!」
「――タロー」

 力の入った声に伸ばした手を引っ込める。オレは、何も、してない。
 すれば、シュテルがふと表情を崩した。穏やかな笑みだ。あるいは怒りの臨界点を超えたか。

「よい機会です。すこし、たくさんお話をしましょうか――」
「すこしなのか、たくさんなのか……はい、何でもアリマセン」

 降った雨のせいか、グランツ研究所の床は心なしか冷たい。刺すようなシュテルの視線はなお冷たい。
 窓を打つ雨も風もとうに止んでいるのだけれど、オレは当分帰れそうにもなかった。

「まずは、そうですね」

 息を呑んで、ぐっと身構える。何がくるか、何を言われるか。年下に説教されているという情けなさよりもそちらの方がよほど気にかかる。
 シュテルが、ほんのりと頬を染めた。

「女性に対して、その、カワイイとか。そういうことを軽々しく言ってはいけません。驚いて、しまうので」





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