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リリカルなのは
noisy, shiny, every(ViVid Strike!リンネ夢)

 電子音がけたたましい。
 美しい旋律を奏でるもの、聞く者の気分を高揚させるポップなもの、逆に恐怖心を刺激する冷たいもの。いくつもの電子音楽が何に憚ることなく己の音を主張し、結果として雑多な騒音に成り下がる。
 作曲者の意図は脆くも崩れ、不協和音にもならず、ただ騒々しいだけだ。
 騒音が満ちる場所はどうしてか薄暗い。
 見る者が見れば、異相結界にいるようだと感じるかもしれない。雑多な音とボヤけた視界。そこはまさしく地上の異界だった。

「スゥ……はぁ」

 息を吸って、吐く。こもった熱気のような空気が微温く少女の喉を撫でる。
 意識を沈め、集中するためのルーチンワーク。耳障りな雑音が遠ざかっていく。目標の一点に視界を絞れば薄暗さも関係ない。

「――ハア!」

 内に溜めた力を吐き出す。
 声は気合、同時に打ち出すのは拳だ。脇は締められ、拳は真っ直ぐに。一直線に最速最強の拳打が叩き込まれた。

「おお」

 少女の傍らで青年、タローが驚きの声を漏らした。
 衝突の轟音が周囲の雑音を一瞬だけ呑んでかき消す。
 直後、回転を示す電子音が鳴り響いて――。

「……127点」
「マジか。うわあ、マジか。どんな生き物だよお前」
「え、ええと、高いの、かな?」
「高えよ。高すぎて若干ヒくくらいだ。いや分かっちゃいたけどリンネ、お前スゴいな」

 ディスプレイに堂々と表示された点数に少女、リンネ・ベルリネッタが困惑を表す。
 拳打の余韻でギと軋みを上げたパンチングマシーンが全国ネットの得点ランキングを表示する。

「おお、3位だ。とんでもねえな」
「あ、フーちゃんの名前」
「……アイツはアイツで何やってんだ」

 ランキングの三番目に『Rinne』のプレイヤーネームを入力しながら、6位にランクインしている『Fuka』の名前にタローが苦笑する。2位の『Ein』や7位の『Vivio』の名前からは努めて視線を逸らした。1位は『Harry』だった。
 勝者を讃えるファンファーレを背に、タローとリンネは薄暗いゲームセンターの中を移動する。

「しっかし、真っ先にパンチングマシーンてのも、なんだ、色気がねえな」
「……ダメだった?」
「いや別に。遊びに決まりも何もあるかよ。今日はお前に適当な息の抜き方を教えてやれって、ほら、フーカのやつとかお前んとこのコーチに言われて来たワケだし?」

 言いながら、タローが歩く速度そのままにガンシューティングの筐体にコインを投入する。
 拳銃デバイス型のコントローラーを不慣れな手つきで受け取りながら、リンネが微笑した。

「うん、『アイツはそれくらいしか取り得がないからのう』ってフーちゃんが言ってた」
「あんにゃろう……!」

 口を横に広げながら、苛立ちをぶつけるようにタローがコントローラーの引き金を引く。
 頭部を赤く弾けさせたゾンビにリンネが小さく悲鳴を上げた。

「タロー……タロー、これって!?」
「おお、ゾンビもんだな。撃て撃てどんどん撃て」
「え、わ、きゃっ」

 照準もままならず、ゾンビの手足を弾くリンネをタローがフォローする。
 魔力駆動炉が暴走した崩れかけの研究所、その真っ暗な通路を進むリンネの顔には硬い緊張が浮かんでいた。
 不意を打つようにゾンビが出現する度に肩を跳ねる様子に、小動物みたいだとタローが内心で感想する。
 しかし、それも研究所を奥へと進む中で変化していく。

「ッ、そっち!」

 半ばを過ぎる頃にはゾンビの出現を的確に先読みし、

「まとめて!」

 駆動炉の暴走を加速させてゾンビを一網打尽、急ぎ研究所を脱出するという段階に至った時には連射モードでゾンビを一掃するようになっていた。その眼はリングの上に立つ時と同じ、相手を射抜くような闘志に満ちている。肉食獣みたいだとタローは内心で吐息した。

「リンネ、飲み込み早かったな……」
「そうかな? うん、そうかも。ああいうデバイスは使ったことないから新鮮だったし、それにゾンビの出現パターンも結構単純だった」
「ゼロ距離のど突き合いやってりゃそういう勘みたいなのが身につくのかねえ」

 研究所を飲み込む巨大な爆発とスタッフロールを見送ることなく、二人はまた別の筐体へと向かう。
 薄暗い店内では足元が覚束ないこともある。それを知るタローが危なげなくリンネの手を引けば、リンネの頬がほのかに赤らんだ。薄暗さゆえに、タローがそれに気づくこともない。

「リンネ、なんかやってみてえのとかあるか?」
「えッ? あ、ええと」

 慌てたようにキョロキョロと周囲に視線をやるリンネが、ある方向に視線を止めた。
 タローがそれを眼で追った先にあるのは透明な立体だ。雑多なゲームセンターの雰囲気に比べて箱の内は白く静謐で。一瞬だけ眼を細めたくなる印象を与えている。

「クレーンゲームね。何か欲しいのでもあったか?」
「欲しいものって?」

 小首を傾げるリンネに――愛らしさを感じながら――タローは箱の内に敷き詰められたぬいぐるみたちを指し示した。
 瞬間、リンネの眼が光を帯びる。獲物を狙う鋭さではない。遠い星を見上げるような輝きを、子供みたいだとタローは内心で懐かしんだ。
 視線が鳥、猫、狐と移っていき、

「あ、タロー、あの子!」

 言って、リンネが犬のぬいぐるみを指差した。それは愛らしくも雄々しく、やっぱり丸くて愛らしい。

「……フーカ似だな」
「ふ」

 呟きに、思わずといった風に噴き出したリンネを見ぬまま、タローがコインを投入する。
 プレイヤーを明るく急かす音楽をやはり大音量で響かせながら、クレーンアームが動き出した。
 タローもリンネも息を呑む。じっとアームの動きを見つめて動かない。
 横に、前後に、そして下に。両手を閉じたアームの先には。

「あー、ダメか。っきしょー」

 何もかかっていない。アームが自動で帰ってくるのをタローは悔しさをもって迎えた。

「もっかいだ、もっかいやんぞ」
「が、がんばってタロー!」

 意外にやる気出るな、とは言わず、タローは再びアームに注視する。
 二度目――かからず。
 三度目――かかるも途中で落下。
 四、五、六度目――かからず。
 度重なる失敗に、二人の表情も次第に翳りを帯びてきた。

「タロー、お金、大丈夫?」
「大丈夫、大丈夫さこんくらい。――次だ」

 仇敵を見るがごとくにアームを睨むタローに対し、リンネはすでにアームを見ていない。固く眼をつむり、手を合わせて祈りを捧げている。
 アームが横にスライドし、前後に動いてから降下ポイントを決定する。
 閉じたアームは犬の尾を掴んで。

「あ」

 しかし、すり抜けた。
 なまじ触れたがゆえの落胆は大きく、意固地になっていたタローも思わず肩を落とす。
 直後、つむっていた眼を開いたリンネが声を上げた。

「タロー、タロー! かかってるよタロー!」

 喜色の混じった声にタローが顔を跳ね上げる。
 華奢なクレーンアームが駆動の音を立てながら移動している。その腕がぬいぐるみのタグを通していた。
 ぬいぐるみが宙吊りのまま立体を移動して、穴へと落ちた。
 ぼふん、と空気の叩く音と共にぬいぐるみが取り出し口から鼻先をのぞかせる。リンネがそれを引っ張り出してみれば。

「犬、じゃねえな。狐かコレ?」

 愛嬌こそあるが、切れ長の眼とにいと覗かせる歯はどこか愛らしさとは縁遠いものを感じさせる。
 タローが思わずといった体で肩をすくめた。

「あー、なんだ、悪りいなリンネ。お目当てとは随分違っちまった」
「ううん、この子もカワイイよ。ありがとうタロー」

 そう言って、リンネが笑みを浮かべた。気持ちよさそうにぬいぐるみを抱きしめる姿に、タローもそれ以上の言葉は見つからなかった。

「あんまり力入れて綿出しちまうなよ?」
「わ、私、そんなに力持ちじゃないよ!」
「どーだか」

 茶化しながら、タローが他の筐体へと視線をやれば、一際目立つ光が眼に入った。
 人一人が入れそうな円筒の並ぶ横に設置された巨大スクリーンの放つ明かりだった。
 スクリーンの中では幾人かの魔導士が宙を舞い、魔法戦闘に興じている。
 仮想現実体感型シミュレーションゲーム『ブレイブデュエル』。リンカーコアを持たない人間にも魔法を仮想体験できると巷で評判になっているゲームだ。

「よし、リンネ。アイツで勝負だ」
「――勝負?」

 瞬間、リンネのまとう空気がわずかに変わった。早まったかという考えを必死に蹴り飛ばして、タローは言葉を続けた。

「応とも。現実にやり合っちゃあ俺に勝ち目なんざ毛ほどもねえが、ゲームなら別だ。どうだよ?」
「うん、いいよ。タローも自信があるってことだよね?」
「あたぼうよ。言っとくが、俺は初心者相手でも手加減しない男だぜ」
「じゃあ、負けたら罰ゲームだね」
「………………ちょっとタンマ」

 罰ゲームの言葉に二人が思い出すのはまだ幼い時分、同じ孤児院で同じ時間を過ごした時のこと。
 子供たちがゲームに興じた時には決まって誰かが言い出したのだ。
 負けた方が何でも一つ言うことを聞く。
 鈍い汗をかくタローに真っ直ぐ視線を向けながら、リンネは内心で笑っていた。

「懐かしいね、こういうの」

 失われたとばかり考えていた時間、もう戻れないと決めつけていた過去だ。
 息抜きも大切だと今日、この時間を貰ったのだけれど、リンネにはそれだけで十分だった。
 悲しい過去との折り合いをつけて、己を責めるだけの時間はもう終わったのだ。
 孤独でない時間はそれだけで輝いている。フーカ、ジルやフロンティアジムの仲間たち、孤児院の友人たち、そしてタロー――。

「今日だけ、なんて無しだよタロー」
「――んなろうッ、上等だ! リンネ、後で吠え面かくなよ! お手柔らかにお願いします!」

 先に筐体へと進んでいくタローの、思い出より少し大きな背を見ながら、リンネは狐のぬいぐるみをもう少しだけ抱きしめた。
 丸みのある愛らしさを保ちながら、斜に構えたような表情は奇妙な可笑しさを感じさせる。
 リンネがクレーンゲームへと振り返る。結局は抱き留めることのできなかった犬のぬいぐるみと眼が合った。あれがフーカに似ているならば。

「あなたは、タローに似てるかも」

 狐の顔を見て、もう一度抱きしめる。柔らかな反発がリンネを拒むことなく受け入れる。

「勝ったら、お願い、どうしようかな?」

 数歩を遅れて、リンネも筐体へと乗り込んでいく。足取りは軽く、楽しく。
 ここはゲームセンター、薄暗く雑多な地上の異界。十秒先の未来に何が起こるか、誰にも決して分からない。
 告げられた罰にタローが驚愕するまで、あと15分――。





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