私の愛にこたえて… ,4 「………っ…てぇな…」 殴られた際に切ったらしく、先生の口端から血が滲み出ていた。 「俺が誰と付き合おうが、兄さんには関係ないっ!今度邪魔するような事言ったら、殴るだけじゃ済まないからなっ!!」 先生の頬を打った拳をキツく握りしめ、彼は顔を真っ赤にして言った。 その真っ赤な顔をこちらに向けると、荒い足取りで迫って来る。 「行きましょう入宮さんっ!!!」 「えっ!?」 ガシッと私の手を掴み、強引に引いて歩き出す。 「おい、虎二郎っ!!」 先生の呼ぶ声が聞こえたが、彼は振り返る事なく部屋を出た。 扉が閉まる直前、先生を振り返り見た。 もう兄である自分にも手の負えそうのない弟を、痛そうな頬に手を当てながら呆然と見送っていた。 院内の廊下を荒い足取りで突き進む。 乱暴に手を引かれ、時々人とぶつかりそうになりながら彼を追った。 「虎二郎さん!虎二郎さんっ!?」 さっきから何度も呼び掛けているが、全く反応のないまま。結局、病院の正面玄関を出るまで歩き続けた。 玄関を出てすぐ、やっと立ち止まった彼が険しい顔で振り向いた。 「なんで病院なんか来たんですかっ!?」 まだまだ怒り心頭といった彼が、周囲の視線など構わず怒鳴った。 掴んでいた手に力がこもり、手首の痛みに顔をしかめたが、それでも彼は力を入れ続けた。 「なんで兄さんなんかに会わなくちゃいけなかったんですか!?」 怒りばかりだった表情に、わずかに哀しみが浮かび上がる。 「なんで別れろなんて言われなくちゃいけないんですかっ!!?」 本当に別れたくないのだろう。 兄を殴ってしまう程悔しかったのだろう。 「なんで…っ!!」 まだ怒りは収まらないが、それ以上に憤りが強くなったのか。彼は言葉を詰まらせ、歯を食いしばった。 そして、ぐっと唾を飲み込むと、眉間に深い皺を寄せたまま言った。 「デートに行くんでしょう!!?」 散々怒鳴り散らした揚句の可愛らしい言葉の登場に、私だけでなく、聞き耳を立てていた周囲の人々までが驚き目を見開いた。 唖然として何も言えずにいたが、彼の厳しい視線に気付き慌てて口を開いた。 「で…、デートに…行きたいですか…?」 咄嗟に出た言葉はなんとも間抜けな質問だった。が、最も気になる疑問でもあった。 あの言い争いの後で、しかも兄を殴った後で、それでもデートをしたいとは思わないだろう。 ……そんな考えは甘かったようだ。 「行きたいも何も!行くんですよっ!」 もはや怒りなどどこかへ行ってしまったようで、今の彼はデートに行く事で頭がいっぱいといった様子だ。 「早く行きますよっ!?」 先程より力の抜けた手で、まだ掴んでいた私の手を引いた。 …全く、どこまでも一途な人だ。 「はい」 急かす彼に微笑みかけ、横に並んだ。 兄の反対さえ押し切ったご褒美。 今日だけ、恋人になってあげよう。 [*前へ][次へ#] [戻る] |