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君と一緒だから。
君と過ごした夏の始まり
 
 
 
「むぅ………、痛い」
 
 
終業式の日の夕方、相変わらず瀬田ん家に帰宅した俺は今、シャープペンシルを握った右手を見つめふと呟いた。
 
 
夏休み前に氷堂くんが起こした事件で怪我していた右手の甲。もう傷口は塞がって抜糸もしたんだけど、いまいち皮膚が突っ張ったような小さな不快感と痛みが残ってる。
 
そんな中、張り切って西藤の顔面を殴り飛ばしたその手は、当たった箇所に痣ができてさらに痛いことになってるんだ。
 
 
だから、ペンを持つだけでも辛い。
 
 
 
「湿布、変えるか?」
 
「んーん、まだ大丈夫」
 
 
そんな俺の小さな呟きを聞き逃さなかった瀬田は、優しーく俺の右手を撫でて心配くれる。
 
でも学校から帰ってから瀬田が貼ってくれた湿布はまだひんやりしてるから、ありがと…ってお礼して断った。
 
 
 
 
 
「出来たか?」
 
「んー…、もうちょっと」
 
 
しばらくすると瀬田は、また作業を再開していた俺の手元を覗き込んできた。
 
 
横に長い瀬田の勉強机に並び、俺と瀬田は明日の補習授業の予習…じゃなくて、夏休みの予定表を書いてる。
 
間抜けな俺がちゃんと宿題と遊びをこなせられるようにって、瀬田が始めた夏休みに入る前のルール。
 
 
…“瀬田ん家”…っと。
 
 
 
「出来たっ」
 
 
B5ノート4冊分くらいの大きさの紙にマス目が引いてあって、それぞれ1日から31日までの日付が書かれている。その最後の欄にもまた“瀬田ん家”と書いて、夏休みの予定表の出来上がり。
 
ジャジャーン!と両手でその紙を掲げ、瀬田の前に見せびらかす。
 
 
 
「お前………………阿呆か…」
 
 
すると予定表を見た瀬田は、心底呆れましたと言わんばかりに大きな溜息を吐き出した。
 
それから紙を取り上げると、赤の水性ペンでなにやら書き足していく。
 
 
 
「盆は親元に行くと毎年言ってるだろ」
 
「あ、そっか…」
 
 
瀬田の家族はみんな東京暮らし。瀬田は毎年、お盆と正月だけは必ず家族の所に行っちゃうから、その間だけ俺はお留守番なんだ。
 
 
1日から31日まで“瀬田ん家”で埋め尽くされていた予定表が返されて、見るとお盆休みの辺り1週間分に“自宅で宿題”が書き加えられている。
 
…寂しいけど、我慢我慢。
 
 
 
「第一、高井家の予定がないぞ。今年も帰省するんだろ?どうなってるんだ」
 
「ぶぅぅー…、行きたくない」
 
「阿呆か!家族も大切に出来んヤツとはここでお別れだ、帰れっ」
 
「やぁーん!ちゃんと行く、行きますっ」
 
 
おじいちゃん、おばあちゃんの事、嫌いじゃないけど、好きでもないし。
 
やっぱり父さん母さんと一緒にいると、昔のこと思い出して明るく振る舞わなくちゃいけない気がするから。いつも瀬田ん家に帰ってくると凄く肩の力が抜けるのが分かるんだ。
 
 
だから出来るだけ瀬田と一緒にいたいけど、叱られちゃったから仕方ない。実はちゃんと知っていた帰省の予定の“パパの実家”“ママの実家”を青いペンで書き足す。
 
 
…また瀬田といる時間が減っちゃった。
 
って、しょんぼりと肩を落としてると、瀬田が橙色のペンでまた何かを書き加える。
 
 
 
「海?」
 
「鳳生に誘われたんだ。行くだろ?」
 
「行くっ!」
 
 
いつも休みは遊園地とワンパターンな俺達の予定に、ちょっぴり新鮮味のある日帰り“海”旅行が追加。
 
 
 
「水着っ、買いに行く日、決めよっ」
 
「興奮しすぎだろ」
 
 
鼻息荒く空いてる日に“水着買う”を書いてると、瀬田が呆れたように笑う。でも嫌味っぽくなくて、きっと瀬田も楽しみにしてるんだ。
 
 
 
「それから遊園地はこの日な」
 
「遊園地も!?やったぁー!」
 
 
また違う日に“遊園地”も書き足されて、もう俺は大はしゃぎ。
 
 
 
「他に行きたい所とか、やりたい事は?」
 
「んー…、じゃあ、ラブホ!」
 
「っ、はあっ!!?」
 
「へ?」
 
 
瀬田と大喧嘩しちゃった時に、紅が言ってたどこかの場所。結局父さん母さんとも教えてくれなくて、瀬田にもはぐらかされて、入宮さんには笑ってごまかされたんだ。
 
だから、行けばわかるだろうって言ってみたら、瀬田がかなり驚いて声を上げた。
 
 
 
「ラブホ行きたい!」
 
「阿呆か!却下だ却下!!」
 
「ケチぃーっ」
 
 
やっぱりまた分からず仕舞いだ。
 
 

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