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彷徨う*シロ次


「先輩、そこ右に行ってみてください」
「おー」

がさがさと茂みを掻き分けながら、三之助は道というには草が生い茂り過ぎている、辛うじて人が進める程度の道を突き進んだ。

「……てゆうかシロ、重い」
「重くないですよー」

筋トレです、と後ろからにこやかに笑いながら言えば、三之助は汗を流しながら眉を顰めた。
背中にしがみつくようにのしかかる四郎兵衛を振り払おうにも、しっかりと急所である首に腕を回されてしまえば、下手に引き剥がす事もできない。

「なあ、本当にこっちに学園が在るのか?」
「……さあ?」
「おい」

実質右と言ったのに進んだ方向は左であったから、四郎兵衛にも何処に向かっているのか見当がつかない状況だった。
委員会活動で裏山まで走り込んでいたのだが、道を逸れていく三之助を追った四郎兵衛は、気が付いたら先輩達とはぐれていた。

「僕は余り動かない方が良いと思うんですけどねー……」
「そういう訳にもいかないだろ」

四郎兵衛の密やかな主張は、さらりと流された。
掻き分けた木が元の位置に戻ろうとする動きでばちばちと顔に当たって痛いなと思うが、顔を伏せたらそれこそ何処に行くかわかったものではない。

「っかしいな……」

三之助の背にしがみついてる理由は単純に体力の差を考えた上で、更に此方がはぐれてしまうのを防止するためだった。
その内先輩が見つけてくれるかもしれないという淡い期待は、道案内通りに進んでくれない三之助のせいで既に打ち砕かれている。

「先輩、多分こっちじゃないです」
「……え、何か言ったか?」

三之助自身もどれ程歩いても合流できない事に、焦れているのであろう。
余裕の無い声音で聞き返されて、四郎兵衛は咄嗟に何でもないと首を振った。
服越しに感じる湿った感覚と、徐々に乱れていく呼吸に四郎兵衛は眉を下げる。

先輩を背負えたらいいのに。

体格的にそれは不可能に近く、また三之助自身もそれを良しとしないだろう。

「……次屋先輩…」

取り敢えずこのままでは遭難しかねないと、四郎兵衛はぼんやりと考えた。
火の付け方は習っているし、山の中に加えて季節柄から食べ物に困る事も多分無い。
二人いるから寒さに凍える事も無いだろうかと、気楽な考えで日が傾きはじめた空を仰いだ。

「………先輩、」

問題は、歩みを止めない三之助である。
先程から四郎兵衛を持って走り続けているのでぜぇはぁと目に見えて呼吸を乱し、髪の方から垂れた汗が項を伝った。
どう考えても水場の見当たらないこの辺りでは、手持ちの水だけでは心許ない。
その上汗を掻いた状態では身体を冷やしてしまうと、四郎兵衛は咄嗟に三之助の首筋に唇を寄せた。

「ひっ………」
「………ぇ?」

流れた跡を辿るように吸い付けば、今まで何を言っても足を止めなかった三之助が、短い悲鳴のような声を上げてぴたりと止まる。

「な、何かしたか、今…」
「吸い付きました」

それが何か、と振り返った三之助に首を傾げれば、何とも形容しがたい顔をした三之助がその場に座り込んだ。
振り落とされそうになるのを堪えるために髪の毛を掴めば、重心を崩したのかそのまま二人して後ろに倒れた。

「せんぱーい……重いです…」
「お前が、掴むから…だろうが」
「すみません…」

四郎兵衛の上に重なるように乗る三之助に下から苦情を言えば、ごろりと横にずれて転がりながら言い返されて思わず謝ってしまう。
あーっと声を揚げながら空を見上げる三之助を、上半身を起こした四郎兵衛は視線を送った。

「いきなり舐めるな」
「……あ、あの、汗が凄かったので…つい」
「汗?」

動きを止めた事で髪の毛まで湿らす汗に、三之助も漸く気が付いたらしい。
なら仕方ないかと息を吐く三之助に、四郎兵衛もこくこくと頷いた。

「あー……無理…動けない」
「………少し、休みましょう」

疲れていない自分が言うのもどうかと思ったが、するりと頭の布を取り払って三之助の顔にそっと被せた。
手拭い程清潔ではないが、何もしないよりはましだろう。

「……次屋先輩、僕、大きくなりますね」
「…………何で?」

身体を起こしてがしがしと乱雑に髪と顔を拭く三之助の隣に正座して、四郎兵衛はきりりとした顔で拳を握る。

「僕が、先輩を、抱き上げて運びます」
「却下」
「明日から僕も筋トレしますね」
「聞けよ!」

男としての尊厳は失いたくないと呟く三之助を無視して、四郎兵衛はにこやかに笑ったのだった。









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