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*蓬


※多少の流血表現が有ります。

━━━━━


長屋の廊下で、砕けた湯呑みの破片を前に蹲ってる作兵衛を見かけたのは偶然だった。

「やっちまった……」

もう終わりだ、と俯いて自分の世界に入り込んで呟く作兵衛に構わず、数馬は適当に破片を片付けてから、引っ張る様にして作兵衛を医務室へと連れ込んだ。
当番で医務室にいた左近に簡単に事情を説明して部屋を空けてもらい、二人きりになった空間で腰を落ち着けた数馬は、ふーっと長く息を吐いた。

「作兵衛、」
「食満先輩に怒られ…もう嫌だ…」

作兵衛の目の前で手をひらひらさせても、気づいてないのか一向に反応がないので、ぱんっと手を叩いて音を鳴らせば面白いぐらい身体が跳ねる。
ごめんなさい!と反射のように土下座する作兵衛を見ていれば、何の反応もしない事を訝しんだのか、そろりと上げられた顔が漸くこちらを捕えた。

「か、ずま……?」
「うん」
「え、何で、数馬が?」

状況が飲み込めていない作兵衛に答えず、未だに首を捻る作兵衛の手を掴んで目線の高さまで持ち上げれば、破片で切ったらしい指先から滲んだ血がつーっと付け根まで垂れた。

「……怪我したら、すぐ来いって前に言わなかった…?」
「いや、その……気付かなかった…悪ぃ」

視線を泳がせながら弁明する作兵衛に厭きれながらも、何があったのか問いただせば、食満先輩の湯呑みを割ってしまったんだ、と作兵衛は経緯を喋る。

「で、破片を掴んだと」
「……」
「馬鹿なの?」

割れた破片の切れ味を馬鹿にすんなと言いながら、作兵衛の指先に破片が刺さっていないかを確認する。
ぐっ、と押せばじわりと新しい血が滲んで、乾きはじめた血の上を流れた。

これは相当深くいったなと、止血の為に怪我をした部分より下を暫く押さえながら、空いている片手を使って器用に救急箱を開ける。

「……あ、薬切らしてたんだ…」

探していた止血薬が見つからずに、無意識に眉を寄せた数馬に作兵衛は恐る恐るといった様子で手を挙げた。

「…放っておけば治ると思…う…」
「煩い」

ぎっと音がしそうな程睨み付ければ、挙がった手は力を無くして作兵衛の膝の上に落ちる。
何か代わりになるもの、と考えを巡らせて、そういえば先日摘んだ薬草の籠があったことを思い出した。

「ここ、押さえてて」
「おぅ……」
「あんまり強くやり過ぎると壊死するから」
「え……し…」

指先が青白くなったら緩めてね、と忠告してから足早に籠の元まで歩み寄った。
がさがさと掘り返せば直ぐに見つかった目的の物を手に戻れば、真剣に指を見ている作兵衛の様子に、思わず噴き出してしまう。

「……何笑ってんだよ…」
「だって、面白くて」
「この野郎……って、それ、蓬か?」
「そうだよ」

手にした草に見覚えがあるのかぱちりと瞬いた作兵衛の前に座りなおして、もう離していいよと怪我をした方の手を掴む。
最初に比べれば治まった血に、これぐらいなら大丈夫だと蓬を口に含んで噛んだ。
じわりと口に広がる味と唾液を混ぜ合わせて、怪我の部分に塗り付けるように舌を出せば、自然と患部を舐める形になった。

「か、数馬!!」
「ん?」
「なにしてんだ!」

顔を赤くしながら離れようとする手を掴み直して、しっかりと舐めれば作兵衛が裏返ったような声を出した。
切れた部分に舌が触れる度に、痛いのかびくりと指先が跳ねる。
自業自得じゃないのかと思いつつ、嫌がる作兵衛の様子が尋常じゃなかったので、もしかして嫌なのはこの行為だったかと舐めるのを止めた。

「作兵衛、大丈夫?」
「……っ!なにを、考えてんだおめぇは!」
「止血?」

ごめん気持ち悪かったよねと謝れば、がくりと作兵衛がうなだれた。

「別に、驚いただけで……」

気持ち悪いとかでは、ともごもごと呟く作兵衛に、必死に弁明しなくてもと思いながら包帯を取り出した。
いざ、と包帯を巻こうとしたのだが、舐めた以外の場所を流れて乾いた血に動きを止めてしまう。
水を使って洗うと折角塗り付けた薬が落ちるかもしれないと、じーっと手の平にまで垂れた血の跡を目で辿った。
それに、

「数馬、何考えて……」
「………水を取りに行くのも面倒臭いよね」
「は?」

案外横着をする気質のある自分の中で、水を取りに行くという一連の行動が酷く面倒に感じた。
先程蓬を噛んだし一石二鳥じゃないかと、作兵衛の手に顔を寄せて再び舐める。

「……っぅ…っ!」

呻く作兵衛に構わずに、手の平から指の付け根を辿りしっかりと舐めとる。
口の中に広がる血の味に顔を顰めながら、再び指先まで辿り着いた口を指から離した。

「っだあぁあああぁああ!」

綺麗になったと満足して近くにあった紙にぺっと舐め取った血を吐き出して、さて包帯と手を伸ばした所で急に作兵衛が叫び声を上げて離れていった。
いきなりの事だったので、何か不味かったかと首を傾げれば、作兵衛はわなわなと身体を震わせる。

「何しやがる!」
「……嫌じゃないって言ったじゃないか」
「だからって……っ!!」

ぼふりと音がたちそうなぐらい顔を赤らめた作兵衛に、だから何が駄目なんだと訊ねれば口籠もってしまう。
埒が開かない態度にいいから手を出せと催促すれば、自分でやると包帯を取り上げられてしまった。

「……ったく」
「あんまりきつく巻いたら駄目だよ」
「わーってるよ!」

器用に巻いていく作兵衛に大丈夫かと結論づけて、使わなくなった救急箱を閉じた。
そもそもがどうしてこの流れに成ったのかと考えて、あぁ、と作兵衛に視線を移す。

「食満先輩なら、大丈夫だと思うよ」
「へぇあ!?」

食満先輩、という単語に動揺した作兵衛の手から落ちた包帯がころころと転がって行くのを見て、それからそうだったと青冷めていく作兵衛に、もう一度大丈夫だと思うと言った。

「な、ななな、何で、言い切れるんだよ……!」
「えー……?」

落ちた包帯を拾って、くるくる元通りになるように巻いていきながら、きゅっと結ぶ様にして縛った包帯の余りを切る。
何で、と必死になる作兵衛に、数馬はだって、と口を開いた。

「伊作先輩がよく割ってるから、多分、慣れてるもの」

だから謝れば大丈夫だよと、口を開いたまま固まる作兵衛に対して、悪戯に成功した子どものように数馬はにっこりと笑ったのだった。




End







あきゅろす。
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