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逃亡靂
  夜這



「行雄さん、この前の続きはまだかのォ」



「うん。もう少ししたら出来上がるでもうちょっと待っとき」



 行雄が物語を書き綴って子供たちに読み聞かせてやるのは最早習慣となっていた。
 その中でも特に真剣に関心を持っていたのが村外れの昭太郎だった。昭太郎はいつか自分でも物を書いてみたいと口癖のように言っていた。
 毎週のように村の集会所のわきにあるブナの樹の周りに集まっては書いたものを披露していた。



「わしも行雄さんみたいに面白いもん書ければええんやけどなぁ」



「またか。昭太郎には無理や」



 一人の子供が冷やかす。



「そんなもんやってみなわからんじゃろ」



「そうじゃあ。何でもやってみようと思う気持ちが大切なんじゃ。わしかて最初っから上手に書けたわけやないんやで」



「そうなんか?」



「そうやぁ。何回も何回も失敗して漸く書けるようになったんやで」



 ブナの樹に寄って出来た影に細長い影が重なる。行雄は新たに現れた人の気配に視線を上げた。



「行雄さんは子供らに人気やねぇ」



「りっちゃん」



「また子供らに話して聞かせとるの?」



 たくし上げられた着物の裾から淡い桃色の襦袢が見えていた。そこから伸びる田口律子の白い腿が反射する陽射しを浴びて光っていた。



「今日はどんな物語なん?」



 手拭いで包まれた髪が汗で頬や首筋に張り付いている。滲んだ汗がきらきらと光り行雄は眩しさに目を細めた。
 籠を小脇に抱えた手や晒し出された踝から先が泥に汚れている。畑仕事の帰りなのだろう。

 陽に晒された褐色の肌とは対称的に首筋や胸元、膝から太股にかけて陽に焼けていない部分は白く光り行雄は自分の中に疼く欲情を感じた。



「行雄さん赤くないかぁ?」



 子供の一人が行雄をからかう。行雄は思わず顔を俯けてしまった。その反応に子供らが声を上げて笑う。そっと目を上げれば律子も楽しそうに笑っていた。







「ほんまに子供らに人気やねぇ」



 艶やめいた声が行雄の耳元をくすぐる。



「行雄さんはええ父親になるわぁ」



「そうかのォ」



 頼りなく答えた行雄にふふふと律子は声を潜めて笑う。
 襖を隔てた隣の部屋には律子の家族が眠っている。
 行雄は昼間陽に晒されることのない白く柔らかな乳房に顔を埋めた。律子の甘い吐息が充満する。

 体を繋げて三月が経とうとしていた。行雄は律子に逆上せていた。


 律子の前に体を繋げた女は行雄以外は知らないような顔をして何人かの男と関係を持っていた。

 けれども律子は違う。殆ど毎日のように律子のもとを訪れては体を求めていた。



「なぁりっちゃん。わしが好きかァ」



 ふふふと妖しく笑う。行雄は律子を激しく求めながら何度も律子の名を呼んだ。



「なぁ好きかァ」



「好きじゃよ」



 この身体に幾度となく自分の証を刻んだ。幾度となく膚を吸い唇を重ねた。
 その度に行雄は律子に尋ねた。



「好きかァ」



 その度に律子は笑い。足を絡める。質の悪い伝染病にかかったように行雄は律子に熱を上げる。
 熱に浮かれて何もかも手に入ったように思っていた。

 見せしめられる劣等感にも自由にならない現実にも何もかもが幻のように感じていた。
 それは祐一に対する優越感に変わり律子を支配していると云う高揚に変わった。

 行雄は激しく腰を打ち付けるとぶるりと身を奮わせた。


 闇に呑まれて静寂の中で野性の獣の遠吠えが村中にこだました。






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