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逃亡靂
  祭礼



 開け放たれた戸から蒸れた臭いが部屋中を満たす。籠った熱が渦を巻いて行雄の身体に張り付いてくる。

 今年もまた夏祭りには参加できなかった。夏風邪を拗らせて今も床に臥せっている。こうやって祭りを見送るのはもう何度目のことだろうか。
 そう思うと行雄は自分の病弱な身体を恨めしく思った。

 裏口では祖母のミツが小枝を折る弱々しい音が聞こえてくる。それに被せるように村外れにある神社から準備をしているであろう祭り太鼓の音が風に乗って運ばれてくる。



「行雄ォ加減はどおじゃあ。ちったぁ元気になったか」



「祐ちゃん」



 行雄は無意識に苦虫を噛み潰したように表情を歪めた。十八になった祐一はあの頃提言した通り身長が伸び褐色の肌は鋼のような筋肉に覆われていた。



「顔色が悪いんと違うか。ちゃんと飯は食うとるんか」



「食欲がないんじゃ」



 行雄はぶっきらぼうに答えると横たわっていた寝床から身体を起こした。



「そんなんじゃからいつまでたっても体が丈夫にならんのじゃ」



 対照的に行雄は身長こそ僅かに祐一に優るものの病弱な身体は紙のように白く筋肉が少なく食が細いことも手伝って隣り合うと酷く貧相に見えた。



「本やら物書きやらそんなもんばかりやらんと外に出ぇ。畑を耕して牛を追え。お天道さんのしたで体を動かしちょれば病気なんぞあっという間じゃぞ」



「子供らァには人気があるよ」



「ガキにばかり人気があっても仕方がなかろう。女にもてないけんじゃろ」



 祐一は胡座をかいた上体をぐっと行雄の方に傾けると口許を歪めた。



「この前な、河内んとこの美世に夜這いをかけたんじゃ」



 その笑みが男の自信を見せ付けるように色を放っていた。



「ふうん」



「なんじゃあ。興味ないんか」



「無いよ」



「行雄、好きや言いよったやないか」



「知らん」



「なんじゃ。病気のせいでそっちも不能になったんか」



 祐一は呆気に取られた顔をしていたが行雄が何も答えずにいると構わずに話を続ける。



「それがな、美世のやつ初めてじゃなかったんじゃ」



「え?」



「ははっ!驚いたか!そうじゃ。わしもてっきり初物かと思うたらまぁとんだ食わせもんじゃて」



 祐一は何が可笑しいのか一人で笑い転げ行雄の蒼白い顔を見るとまた笑った。そしてまた来ると言い残すと帰っていった。


 祐一の立ち去った跡にはあの生気に満ち溢れた残像がそこに残っているような錯覚に陥る。
 最近では何故未だに祐一が自分を訪ねてくるのか不思議でならなかった。
 まるで正反対である自分達が繋がっている意味を行雄は考えずにはいられなかった。それは時として屈辱的なものとして行雄の前に突き付けられた。

 与えられる劣等感は嫉妬心を煽り憎しみを生み出す。そんな歪んだ感情を祐一は知らない。


 祐一と自分は違う人種なのだと、そう思う。






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